愛なんて所詮は幻、とか言ってる奴に限って永遠の愛を信じてたりするんだよね 1

冷めた雰囲気のクラスメートは、後方の目立たない席でいつものように読書に勤しんでいた。おとなしすぎるほど、おとなしい。それでいて、雰囲気が妙に鋭い。だからクラスの誰も、彼女と仲良くしようとしない。いわゆる「近づきがたい」雰囲気が出ている。どのクラスにも必ずいるような生徒、タイプその一だ。頭がイイけれど友達付き合いが少ない。まったく、学校とは難儀な場所であるよ。

あいつ、××じゃね?
うわ、隠せよ、それ(笑)
否定しないとか、ひどいw

夕陽はそんな汚い言葉を聞きながら、視線を後ろの席に向けた。タイプその一の彼女、三島さん(下の名前はうろ覚え)は相も変わらず読書だ。ブックカバーをかけられた文庫本を、彼女は黙々と読み続けている。何度か話をしたことはあるが、あまり長い会話をした覚えはない。意外とシャイなのだろうか。
ケータイを片手に趣味のチャットに忙しい夕陽は、ボタン一つで画面を更新した。

吉田(仮):ユウヒお嬢、応答せよ!

呼ばれている。早打ちで発言する。

ユウヒ:どうなさいました、吉田様

いつの間にかこんなキャラクターになっていて、おもしろいから、そのロールを続けていた。小さなチャットルームは夕陽の癒しの場だった。顔も知らない吉田(仮)は同じ頃にチャットルームの住人になったネット友達だ。これがなかなか気の合う人だったりする。

吉田(仮):新しい住人ktkr!
ユウヒ:まぁ。確かに、入室者が増えていますわね
吉田(仮):HEY、ユキオ氏、こっちに混ざらナイカ☆

画面をスクロールすると、「ユキオさん入室」のお知らせがあった。

ユウヒ:テンションの高いこと。吉田様、今暇してらっしゃるでしょう
吉田(仮):昼間からここにいる=暇人
ユウヒ:失礼ですわ。私は学生です、授業中です
吉田(仮):嘘はよくないです、ユウヒお嬢

授業中の学生がケータイを使っていたとしても、それは忙しいとは言えない。京極夕陽は不真面目な高校生ということが確定した。冴えない高校の、冴えないクラスの、どこにでもいる高校生なのである。学校の偏差値はそこそこだし、一応の進学校だし、夕陽自身の成績もそんなに悪くはない。しかし、満足感を感じることはてんでない。
何か視線を感じて、また後ろを振り向いた。文庫本を片手に、三島がケータイの画面を見ていた。急に立ち上がったと思うと、ケータイを片手に教室から出ていった。それだけだ。そこでまたページを更新した。入室者は二名になっていた。

吉田(仮):腹減ったー。コンビニ行ってくるわ
■吉田(仮)さんは退室しました。
ユキオ:はじめまして。
(まじで、か!)
ユウヒ:はじめまして、ユキオ様
ユキオ:今、暇しています。話しませんか。
ユウヒ:よろしくてよ
ユキオ:嬉しいです。

なに、こいつ、面倒くさい。チャット初心者なのだろうか。夕陽が退室を考えていると、都合よく予鈴が鳴った。

ユキオ:ユウヒさんはお嬢様なんですか?
ユウヒ:うふふ。ロールですわ
ユキオ:そうですか。僕、話題が浮かばなくて……。
ユウヒ:話題なんて、どうとでもなりますわ。申し訳ないけれど、もう授業が始まるし、失礼するわ

実際、あと五分で午後の授業が始まる。退室を選択して、夕陽は電源ボタンを押した。
午後の授業はは現代文から。寝てしまいそうだ。教科書を机に広げて、時計を見たところで三島が教室に戻ってきた。放課後まで、夕陽はもうチャットルームに入室しない。ユキオがいつ退室したのかも、知らない。


意外だと言われることもある。
京極夕陽、十八歳。カレシはいないし、恋愛経験値もゼロだ。どや。
異性とも普通に話せる。しかし、カレシはいない。特に気になる相手もいない。少女マンガのようなときめきを知らない。
「おはよう、京極」
「おはよ」
「眠そうだな」
「チャットやってたからね」
生活が昼夜逆転しかけている。これではいけない。仮にも一応、受験生だ。そう意識し始めた高三の春、もうすぐ季節は初夏だ。クラスメートの狩野は美術部部長として、最後の作品制作に取りかかっているらしい。帰宅部の夕陽にはわからない情熱を、狩野は持っていた。

チャットルーム『文学史的な何たら』とは、夕陽のもうひとつの居場所だ。管理者の嗜好のせいか、文学少年少女が多く集まっている。これまた意外にも、夕陽の好きな本というのが、恋愛小説だった。
「席替えしまーす」
SHRは定期的な席替えだった。隣同士がいいだとか、窓側がいいだとか、賑やかな声が教室に広がった。
「京極、どこ?」
「廊下側、一番後ろ」
「うらやましい!」
「狩野くんは?」
「京極の五つ前」
「一番前じゃん」
くじ引きの席替えで一喜一憂できることが、ひどく楽そうで、少しうらやましかった。夕陽もまわりに合わせて笑った。いまいち、笑えなかった。別に、席替え一つで何か気持ちが変わるわけでもなかった。冷めてるな内心自虐するけれど、誰も気にはしてくれていない。
隣の人と仲良くね、と担任教諭が言った。隣の席は、三島だった。後ろの次は隣ときたか。
「よろしくね、三島さん」
「えぇ、よろしく」
それだけだった。会話はやっぱり続かない。

昼休みになって、夕陽は友人とお弁当を食べる。食べ終わると、チャットルームにログインする。

ユウヒ:席替えしましたの
吉田(仮):へぇ、どうだったの?
ユウヒ:後ろの席だった方が、隣になられましたわ
原白:どんな子?
吉田(仮):原白さん、興味あるの?
原白:いや、別に。顔も知らないし
ユウヒ:クラストップですわ。あとは言えないわね
■ユキオさんが入室しました。
吉田(仮):昨日のユキオ氏! 話しましょう!
ユキオ:こんにちは。
吉田(仮):ちゃーっす!
原白:はじめまして。

カチカチ、とケータイの文字を打つ音が聞こえた。隣の席に移った三島だった。よく見ればいつもの文庫本が手元にない。メールを打っていたのか、すぐに音が聞こえた。夕陽も画面を更新する。

ユキオ:今、ちょっと幸せです。
吉田(仮):急にどうした(笑)
原白:恋愛か。
ユキオ:そんな感じです。
吉田(仮):誰々? まぁ、知らないだろうけどな(笑)
ユキオ:クラスの子です。今、隣の席の子なんですよ。
吉田(仮):何だ、高校生?
原白:ユウヒたちと一緒だな
吉田(仮):そういや、ユウヒお嬢、静かじゃない?

夕陽はユキオに苦手意識を持ち始めていた。顔も知らない、記号もない文字だけの相手なのに、なんとなく、危機感の様なものが働いていた。

ユウヒ:帰りますわ
■ユウヒさんは退室しました。

ケータイを閉じる。何やら不快に思うところがあった。
「京極、またチャットやってたん?」
「いや、狩野くんは?」
「これから美術室。来る?」
「行く行く」
立ち上がって、夕陽は狩野と美術室へ向かう。ぽつん、と三島が、夕陽の後ろ姿を見つめていた。






 

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -