Melted Away


雪解け水が屋根から落ちる。とりとめもなく、ぽつぽつと。
「あー、うぜぇ」
静かにしてくれ。どうせ溶けても、明日にはまた、新しい雪が積もっているのだ。寒いだけだ、嫌いだ。
こたつでうずくまる弓槻を見兼ねたように、夏生が部屋に入ってきた。和服姿の似合う夏生は、淑やかさで凛々しい女性だった。弓槻にとって彼女は憧れの存在だった。憧れの人。彼女のような人間になりたい、とは、あくまで夢想だ。実際には慣れっこないのだ。
「弓槻ちゃん、風流を楽しむ気はないのですか?」
「うち、そんなキャラじゃないし」
「そんなことないわ」
キャラクターだとか、イメージだとか、そんなことは気にしなくていいのだ。
にっこりと笑う夏生が美しかった。弓槻は彼女を大和撫子という。本人は否定している。
「そうね、弓槻ちゃんはまず、素直になることからはじめましょうか」
「どうせ、私はひねくれてますよ」
「まぁ」
個性を否定する気はないのよ、と夏生が言った。

素直になること。一人になって、こたつのなかで、弓槻は静かに考えていた。
いつの間にか、雪解けの音が止んでいる。もともと陽当たりが良いから、溶けるのも早いのだ。とくに何かを思ったわけではなく、何となく、弓槻はこたつから出た。ほてった体で障子を開けると、和風の、見慣れた庭があった。冷たい風が入り込み、瞬間、体が震えた。しかし寒さを気にはしなかった。廊下に出て、庭を見渡した。
雪解け水を滴る植物、
溶けきらなかった雪を被った石灯籠、
水を吸って湿った地面、
雪によってよりいっそう清んだ空気、
「……きれい、かもしんない」
ぽつり、と小さな呟きは、誰にも聞こえなかった。祖父がいつも手入れをしている自慢の庭は、太陽の光できらきらと輝いていた。








 

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