失神症候群
僕らは綺麗なままじゃいられない(2.授業中に屋上で)



R-15:間接的な性描写注意(事後/マ○ターベーション)






































――先生。良樹が体調悪いみたいで、早退の許可を……はい、ありがとうございます。
あと俺も家まで送っていきたいんですけど……ほら、あいつ一人暮らしだからちょっと心配で……えぇ。
ほんとですか?すみません……はは、分かってますよ。無理してこじらせないよう、ちゃんと見張っておきますんで。

それじゃ、後は宜しくお願いします。

そう言って、涼やかに嘘を吐く親友に連れ出され辿り着いた校舎の屋上は、始業前の喧騒から切り離されて、穏やかな静寂の空気を纏っていた。

晴れ渡る青天井に、振り向き立ち止まる幼な顔はよく映える。いつも通りの柔和な愛想のよい笑みで、軽やかに親友が俺の名を呼ぶ。サボりに目をつぶるならいかにも健全な高校生らしい、青春のワンシーンといっても差し支えない光景だった。

なんだよ、怒ってんのか?と苦笑し眉を下げる仕草も普段と変わらない人懐こさで、それだけに淀みない、有無を言わさぬ独断行動は違和感を禁じえない。唐突に、此方の意思の介在する暇も無く始まったエスケープは、真面目屋のこいつらしからぬやり口で異様に見えた。

――でもちょっとだけ、わくわくするよな。こういうの!

そう言って冒険心に瞳を輝かせるのも、この持田哲志という名の同級生に特有の子供っぽさを引き立てるもので…なんらおかしな所はないはずなのに、これは本当に俺の知る哲志か?――と、やはりどうしても考えてしまう。それはおそらく、一方的に繋いだ手のひらに冗談を超えた強い力が篭っていたからだろうか。今となっては分からない。

分からない頭で、再度自問する。こいつは果たして、親友の姿を借りた偽物なのか、それとも俺が隠された本性を知らなかっただけなのか――ぼんやりとふやけた頭を繰り返し回しても、今更結論を得る事など不可能に近かったが。ながいながい口接けのあとの浅く速い呼吸は十分な酸素を供給せず、からまった思考はまとまらない。給水タンクの陰で人目を忍ぶように行われた行為は打ち身にも似た余韻を残して、余計な脳の働きをすべて押し流そうとしていた。

硬質な壁に背中を擦りつけ何とか自我を保つ。汗ばんだ肌に入り込む風が冷たい。外気が中途半端に脱げた下肢をさらうと、先ほど起こった事がリフレインされて頬が焼けそうな熱をもった。自分の腿の付け根の、一番他人に見られたくない部分が、あられもなく晒されている。そこに照る失禁によく似た濡れそぼりが何なのか……知識がない訳ではなかったが、認めたくないというなけなしの意地が、ソレをはっきり目視する選択を阻害する。

今しがた放出された生理的欲求の証であるその、白くねばついた液体がコンクリートの地面に点々と模様を作っている。こうなるまでの過程なんて曖昧な記憶の彼方にすっとんでいたけれど、それが他人…の手で弄られ、扱われて到達した結果であるのは、対面に座る男の指が同じように濡れ輝いていることに証明される。

まったく全てどうしようもない事実、だけれど、認識してしまうのが怖くて悔しくて俺は必死に現実から逃れようとする。しかしそれを咎めるように、目の前の男――親友の持田哲志のいささか険を含んだ声が乾いた空に響いた。

「…にっがい」

図らずも肩が強張る。続いてぴりっと鼓膜に伝わる甘い刺激に困惑しつつ顔を上げると、妙にむくれた様子の哲志と視線がかち合う。なにが、と言おうとして、はずみで見えた白く汚れた指先に思わず目を逸らした。途端、追い打ちのようなキスに再び思考と呼吸を奪われる。躊躇いなく這入ってきた舌がぬるいぬめりを伴って口腔内をかき回し、それだけでまた身体が芯から熱くなり意識が泥に沈みそうになる。

やっとの思いで引き剥がしたら、壁に後頭部をぶつけた痛みで呻きとも喘ぎともつかない声が漏れた。顎を伝った唾液を舐めて、不満げに哲志が言葉を継ぐ。

「お前さ、またタバコ喫ったろ?」

「……、は」

突如与えられた脈絡のない質問に何とか痺れた唇を動かすと、聡明な輝きを放つ両の目をついと細め、やや寂しさを帯びた声音でこう呟く。

「くちのなか、苦いのでいっぱいだ」

んべ、とわざとらしく舌を見せられ、思い出された深いくちづけに羞恥が拳に伝わりブンと腕を振り上げた。しかしロクに力の入らないあてずっぽうな攻撃は易々とかわされ、空中で止められた反撃の種は一矢報いること叶わない。振り下ろしかけた腕を押しとどめる指が手首に絡み、いやらしく濡れるそれが自身を玩んだモノだと知るも反抗の術はない。掴んだ腕を流れるように引きつけ抱き寄せると、さんざんからかい翻弄してくれた憎い相手は続けて耳元に口をつけそっと息を吹き込む。

「…隠れてやってんの、知らないと思った?」

総てがされるがままの状況、俺は敗北に歯噛みするしかない。

「イヤなことがあったら、いつもそうやって気を紛らわすんだもんな…」

耳朶に触れる生ぬるい風に計らず下腹部が緊張した。しまったと気付いた時はすでに遅く、くすくすと忍び笑いが事態の悪化に拍車をかけていく。

「きたないなあ、」

「…んだとっ!?」

噛みつくような吠え声も、優しく耳を食まれたことで威勢を殺がれ掻き消えた。ちろちろとやらかい所を舌先でつつかれ産毛が逆立つ。ちいさく蚊の啼くような音で名前を呼ばれた。下肢の血管が膨張するのが、自分でもよくわかる。

「こんなにきたないのためこんで、馬鹿みたいだって思わないのか?」

平静を装う俺を嘲笑って、哲志はますます距離を縮めて密着してくる。折った膝が脚の間に割り入り内に当たり、クッと喉の奥で悲鳴が上がる。それすらも愉しむように拘束していた指が緩み、縋る手つきで拳に被さり結んだ指をほどこうとする。熱いぬめりが指の隙間に浸透して――じれったさと同様これまでにない焦りを覚えた。

「やっ…めろ!!」

すんでのところで突き放す。と、のけぞった茶の瞳がまん丸く瞬き、すぐにまた欲求不満な子供の顔でボソリ吐き捨てる。

「…つまんないな」

「お、まえ…いい加減に、しろよ!」

瞬間、息切れた叫びが無人の屋上に鋭く響いた。怯んだ振りもなく哲志が睨み返す。刹那的に誰かに聞かれたらと不安が頭をよぎったが、堪えがたい恥辱への怒りがそれを上回った。着衣の乱れた情けない痴態で恫喝しても、威力など無いに等しかったが…でもこのままじゃ一度染みついた行為の味が忘れられなくなりそうで、俺が俺でなくなる感覚を追い払おうと精一杯虚勢を張る。

哲志はそれに気付いたのだろうか、値踏みする目で鼻を鳴らし一蹴する。

「いい加減なのはそっちの方だろ、バカ良樹」

「っ…この!!」

拗ねるような言い草にすかさず声を荒げた。だが相手は大して効いた様子もなく、ぷいと視線を床に落とす。

「…ここまでしなきゃ気付いてくれないなんて、本当に馬鹿げてる…」

ややあって、数段と語気を弱めた声音が耳に届いた。ハッとして目を瞠ると、先ほどまでとは打って変わってしおらしい表情を浮かべた哲志が、焦がれた目つきで面を上げる。

「ちゃんと知りたかった。良樹のこと……いい所もわるい所も、普段見せようとしない後ろ暗い所も全部」

からかいの空気は消え失せていた。不意に真剣な顔つきで見詰められ動揺したのも束の間、お構いなしといった風に射抜く眼差しで口を開く。堰を切って語られた真情はそれ相応の切迫感を含んでいて、次第に熱を帯びる声の色にズキリと、心音が警鐘を鳴らす。

「タバコで紛らわしてばっかの嫌な気持ち、聞かせてほしかったし、辛いことがあっても頼ろうとしないクセ、直してやりたかった。溜めこむくらいなら俺のとこに吐き出して…って。でもきっと、言葉で伝えただけじゃ効果はないから」

「さと、し?」

呼びかけるも返事はない。ただぎゅっと眉間に皺を寄せて、一心に「なにか」を訴えてくる視線がわけもなく胸をざわつかせた。その正体に――気付いてはいたが、確認を恐れて口には出せない。……性的な事までされて、お互い、何も思わないなんて有り得ないのに……均衡を破りたくなくて俺は必死に耳をふさぐ。“只の男トモダチのはずの俺に、どうしてそこまでするのか?”なんて、訊きたくない。

「…やめてくれっ!」

俺は反射のように叫んでいた。遮って放たれた拒絶が、親友の潤んだ瞳をいっそう歪ませる。それを認めて、俺の心も無責任に、わけもなく泣き出したい衝動に駆られた。湿った声と熱視線の意味を理解できない訳ではなく、これまでの事象をひとつの論理で繋げるのもまた容易ではあったが、身勝手なことにその答え合わせをするのは自分にとってとても都合の悪いことであった。 

突飛すぎる相手の言動に困惑しつつも本音では哲志の言わんとする事に気付いている、だが認めてしまうと今まで築き上げてきたモノが崩壊してしまうのも理解っていて、頑なに決定を先延ばしにする意識が働く。平穏を死守するための懸命な逃避――けれども、それを望んでいるのは残念ながら俺だけだったようで。ふかぶかと失望を込めた溜息でもって哲志が沈黙を破り、ビクリと前を向いた瞬間呆れた調子で諦念を吐き出す姿が視界に飛び込んできた。

「悪いけど…もう無理だよ」

「なに…が」

「このまま、キレイな外面取り繕ってお前と親友のフリするなんて、もうできない」

そう言って哲志は、悲しく微笑った。涙ぐんだささやきが、そんなことは…と言いかけた俺の口を――今までみたく物理的に塞がれたわけでもないのに――閉じさせてしまう。代わりにぶるりと肌が震えた。それはけして過剰な露出に体温を奪われたからだけではない。

「なんでだ」

「おかしいかな?」

「……」

「でも、本当のことだから」

穏やかにそう締めくくって、哲志はもう何も言わなかった。俺にはそれが、最後通牒のように残酷に思えた。ただ一言、冗談だと笑い飛ばしてくれたなら、全部水に流して日常に戻れたかもしれないのに…虫のよい否定の文句は与えられることはなく、痛いほどの静寂が身を包んだ。

(……、きたない…)

答えの出ない迷宮で、先刻言われた台詞が頭に浮かぶ。その通りだと、皮肉に頬を引き攣らせた。釈明の余地のない性の匂いに汚れた今の自分は、どれだけ悪あがきしても元には戻れそうにはない。そしてそれは一方的にこの男が招いた結果ではなく、抗する事なく一度目の行為を最後まで受け入れてしまった自分にも非があると、認めざるをえなかった。

たとえ今の哲志も目の前の景色もすべて夢でまぼろしだったとしても、潜在する欲に負けて身を委ねた事は事実、なのだから。終業のチャイムが屋上をたゆたい、しかしそれがお伽噺のように夢を帳消しにしてはくれないと自覚しながら、俺は自身の浅ましさに愕然とする外はなかった。煽られてまた勝手に反応しだしたこの身体も、ひとりで勝手に収まってくれそうにもないだろう。俺はひそやかに居残った理性を放棄する。

クラスメイト達は下駄箱の靴を見て不審に思うだろうか。しかしそのような些細な疑問はもはや遠い彼方。解決しない戸惑いとためらいを抱えたまま、「すべてを見せて」と導く手に委ねるしかない。ただ澱んだ熱を解き放つ事だけを考えて、俺はけがれに身を染める。

ほら、なぜなら俺達は、綺麗事の世界では生きていけないから――そう言い訳を胸に落として、余った涙をぱたぱたと零した。後のことは、もう知らない。

もう――俺達は、無垢な日々には帰れないのだから。



*おわり*



エロが書きたかっただけ(ド直球)

2016,02,07

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