愛する人をあやめました。
それでもいいの。それが私の最大級の愛だから。
きっとあの人も幸せだわ。
囁く声は反響し、目前の女に届く。
赤と黒の女はつまらなさげにこちらを眺め、じっと動かない。
愛してるの。この世界のあらゆるものを。
私は昔愛されなかったけれど、今はすべてが愛しい。
ケッと舌打ちをされる。
そのしぐさも私にとっては愛すべきことの一つ。
「そいつぁ大層な妄想だなおい」
棒を握り締めると、女は此方を睨む。
「ただの神様でもそこまで妄信的に愛情は振り撒けねえよバカ野郎」
口の悪い女は私をばかにしているらしかった。
それでも私は嬉しいの。
愛してる。
「ふふ、私は神よりも深い愛情を持ってるもの」
「そうかよ。俺は神よりも強い!」
走り込んでくる女をじっくりと見る。
動きから次にどういった攻撃を仕掛けてくるかすぐにわかる。
分かりやすい人。
「そんな単調な動きじゃだめ」
針を投擲する。
針は真っ直ぐに軌跡を描き。
その針を女は棒であっさりと弾き飛ばす。
考えていた通りの動きに感謝する。
「うおらっ!!」
掛け声と共に棒が降り下ろされる。
それを足で受け止める。
金属と金属のかち合う嫌な音。
勢いを殺す程度の威力で蹴りあげたせいもあって、一瞬膠着する。
跳び跳ねて後方に移動し、再び走り出す。
じゃらじゃらとうるさい鎖が私のあとをつけて動き出す。
鞄から針を数本引き抜き、投げ飛ばす。
相手は飛び退いてそれを避ける。
一進一退、飛び道具を消耗する分こちらが少しだけ不利かもしれない。
にこにこと笑いながら針を投げつける。
面白い。
今度は近付こうとした瞬間、上階が揺れた。
突然の振動に一瞬反応が遅れ、棒で殴られた。
「余所見すんな」
「……ふふ、ごめんなさい」
階段はどこだったか、そこに意識が向く。
先ほどの振動からして、あまりこのビルが持つとも思えない。
危ない橋をわたるつもりはない。
「……お洋服が汚れちゃったわ。ねえシスターの塚森さん?貴方も引き上げた方が命のためよ」
そう言い、相手の返答も聞かないままに階段を下った。
追いかけてくる気配は無い。
針を消耗したのは惜しかったが、このまま進むしかない。
続く