階段下の解脱
涅槃の周囲は嫌なほどに静かであった。
空気がカーンと静まり返って、沈黙という新しい騒音に満たされてしまったかのようであった。
涅槃は特に何も考えずに異形の手で壁を撫でる。
首から下げた遺伝子を模した首飾りが揺れるのが視界に入った。
靴が情けない音を立てて、沈黙を破っていく。
薬品の持ち合わせも結構に残っている。
涅槃は不思議なほどに人に遭遇しなかった。
本人が人混みを避けているという訳ではなく、なぜか人とすれ違わない。
所々監視カメラの破損を確認し、電話で修理を手配する。
幸いこの研究所内には物を修復する能力者等が居る。
壊れた物は直しておけば支障はない。
不意に目につくのは、扉が開け放たれた階層で、一心不乱に扉をあける男に目をやれば自分に似ている。
「嘘」
「ああ、なんなのかな、今退屈なんだ」
扉を開ける手を止めて、嘘は語る。
困っているのが端から見てもすぐにわかる。
「……どこにいきたいんですぅ……?」
涅槃はいつもどおりの嫌な口調で語る。
嘘は虚構を交えながら目的地を話す。
涅槃は小さく舌打ちをし、嘘の手を引く。
「……こっちですよぅ……早く行ってください……」
階段を指し示し、嘘の背中を押す。
自分はついていくつもりはない、という意思表示らしい。
嘘はしぶしぶといった調子で階段を登っていく。
涅槃は口許に薄く笑いを浮かべ、研究所内をさらに進んで行く。

続く
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