死人に口在り?
視界がどこかおかしい。
ゆらりゆらりと揺れている。
床の板目が妙に遠い。
書いては消してした後が色濃く残るぐしゃぐしゃの紙が床に散っている。
床に手を伸ばすが届かない。
ぎぃ、と何かが軋む音がした。
下をよく見ると、踏み台が倒れている。
何が起きているかわからない。
目を見開いて辺りを見渡そうとすると、首に違和感があった。
首にそっと触れてみる、なんだかざらざらとした感触である。
手を見ると、酷く白くて血の気が無く見える。
ゆっくりと、首に絡む物を振りほどこうとすると、身体がするりと通り抜けてしまった。
不思議に思いつつも、そのまま振り替えって自身が居た場所をもう一度観察した。
それは簡素な絞首台だった。
吊るされているのは、黒髪の青年、血の気が失せていて、既に絶命している様子だ。
そして、自分にはその青年に見覚えがある。
ああ、自分は死んだのか。
額縁の中の絵を見るように平常心で自分の死体を観察した。
「自殺、だったんですね。僕は」
口に出して改めて死を実感する。
遺書らしきものは見当たらないが、現場の状況からして間違いなく自殺である。
「父さん、母さん?居ないのですか?」
自分の死体がある部屋を後にし、古風な廊下をぱたぱたと走る。
そして思い出した。
「ああ、そうでした。僕は一人だったんですね」
今はぼんやりとしているが、次第に記憶が判然としてくる。
ふと、書斎らしき部屋に行き当たれば、古臭いタイプライターが目に入った。
触れようと近寄ってみると、手が一瞬すり抜け、その直後にしっかりとキーを押せた。
書きかけらしい文章に目を通すと、中司の文字が見えた。
「これは、僕が書いてたようですね」
一つ一つ確認するように呟き、作者名を確認した。
雨宮神楽。
違う、これは僕の本当の名前ではない。
では僕は誰だ?
その部分だけがはっきりとしないが、青年はタイプライターを叩き出した。


終わり
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