藍と橙の狭間に帰す
第二回公式イベント。凄く好き勝手してます。
お子さんの行動を縛る物ではありませんので無視してくださって構いません。


海は不思議と静かだった。
砂浜を撫でる波がさざめく音を立て、遠くからは同僚達の呑気な声が響いているにも関わらずだ。
気温はやや高め、湿度はそこそこ、不快感はそれほどでもない。
照りつける太陽は今は少しだけ落ち着いており、雲のお陰で過ごしやすい照度が維持されている。
百鬼永時は、先程まで読んでいた本を閉じ、一度伸びをしてから立ち上がった。
「さて、まだ何も動きはなさそうですな」
自身の能力によって他の場所に目を向けるが、これといって変化はない。
それまで座っていた場所の荷物を片付け、寂れた海の家まで歩いていく。
此処も今回の事件がなければそこそこに盛況だったろうと無駄な感慨に浸る。
ふと見上げた壁には薄汚れたポスターが貼ってある。
百年間閉鎖されていた訳だが、ポスターにはその事が色濃く現れている。
件の幽霊船とやらが現れないかと沖を眺めてみるが特に何もない。
「あの、永時さん?どうされたんです?」
不意に声をかけられ、目を声の主に向ける。
見れば同じ課の四楓院暦である。
永時は沖から目をそらさずにぼそぼそと語る。
「いえ、我々秘密情報課が沖に居て役に立てるのか少々疑問に感じましてね。やはり情報課であるのですから文献等から解決策を見出だすべきではないのかと」
小難しい言い回しをしながら、永時は暦に目を向ける。
普段とは服装が違う為か、どこか違和感がある。
「そうですね……ですが、文献等があったかどうか」
ぼんやりと記憶を辿る暦を見ながら永時は鞄を持って立ち上がる。
「やはり曖昧でありますか。小生の私見なのですが、検閲課か二課に何か情報がないかと思いましてね」
「なるほど、過去の情報なら本部に幾つかありそうですしね。調べてみましょうか」
日もゆっくりと傾きだしている。
橙色の光と波間の藍色が交錯して複雑な光彩が揺らぐ。
海は酷く静かで沖には何もない。
七日目が終わろうとしていた。

翌日からなにやら騒々しかった。
情報を幾つか整理するに、ノルニルが幽霊船を見たそうだと。
ちょうど一週間何もなく、全員が焦りから苛立ちを覚えだした時の出来事であり、全員が神妙な顔で話を聞いている。
鮫島のテレビが流された時に見つけただの余計な情報は入ってくるのだが、どうにも幽霊船の見た目等は聞こえてこない。
「使えんな」
窓際でぼそぼそと一人言を喋りながら、初日に配布された御札を弄る。
周囲を見渡して、目的の人物を探せば、すぐに目に入る。
長身、白い服、短めに切り揃えられた髪、佐田久甲斐である。
「佐田久さん、少々御尋ねしたいことがありまして」
「何か」
「百年前、ちょうど此処が閉鎖された時の文献、残っていますよね?」
有無を言わせない口調で語るのは確信からか。
「あるにはあるが、そんな物を何に?」
訝しげな目で見られるが、構わず永時は続ける。
「私見ですが、今回の騒動と関連性が無いかと考えましてね。やはり本部です?すぐにでも閲覧したいのでありますが」
「ああ、少し待ってくれ」
予定よりも幽霊船事件への対策は延長されている。
まだ朝だが、海側の空は少々不穏な空気を滲ませている。
微かに見える沖には何やら大きな船が顔を覗かせているように見えた。

砂浜には数人が集まっていた。
皆の手には慰め程度のご利益しかなさそうな頼りない御札が握られている。
柿本洋二もそれは例外ではなく、何やら私的に集めたお祓いグッズ等が近くに置いてある。
しかし、その雑多な様子はどう見ても単なる花火セットであり、こいつは何をしにきたのかと不審な目が向けられる。
「おおー!こいつが幽霊船っすか!」
「ばっかやろう聞こえたらどうする!」
高らかに声を上げた洋二の口を塞いだのは神澤洸である。
しかし、その様子もどこか楽しんでいるようで、目の前に30人近くを病院送りにした脅威が存在する事など気にしていない様子である。
「これ打ち込んでみましょうよー!火炎瓶の燃やすところが御札のやつー!」
語彙力の乏しさを感じさせる言葉遣いで洋二がいかにも罰当たりな瓶を掲げる。
御札に書かれた文字は墨のため、滲んではいないが、ぐちゃぐちゃに丸められた御札に効果があるようには到底思えない。
「おー!爆発かー!いいじゃん!」
爆破と聞いて洸はそこそこに乗り気であるようだ。
どうしようもないことにストッパーは特に居ない。
「よっしゃ!俺が投げちゃいますよっ!と!」
どこから持ち出したのか水玉模様のライターで御札に着火し、洋二は大きく振りかぶって火炎瓶を投げた。
火炎瓶は華麗な放射線を描き、問題の船を目掛けて飛んでいく。
まるで吸い込まれるかのように甲板へと進み、がしゃん、というガラスの音の直後に鈍い爆破音が響いた。

「さて、これで良し」
検閲課の資料には思っていた以上の成果があった。
永時は柄にもなくにやりと笑い、今後の方策について考える。
自分の足ではどうしようも無いが、特別高等警察の人手があればどうとでもなる。
懐中電話のダイヤルを回し、目的の人物に電話をかける。
「もしもし?此方も成果が上がりましたのでご報告を。ええ、はい、しかし少々問題がありましてね」
電話の相手の声は聞こえない。
合成音声のようだが、懐中電話の音質上更に聞こえが悪いらしい。
「そうですね、機捜課にお願いしたいのです。彼処の人ならば早急に対策できるでしょうし」
ぼそぼそとした声は相変わらずである。
「ええ、そのようにお願いします」
かちりと電話を切る。
途端に室内は無音になり、振動しない空気が身に染みた。

「はあ、そこにいけばいいんです?」
後夜日奈子はやや戸惑い気味に尋ね返す。
白バイのエンジンはかかったままである。
「そうらしいですよぉ。あんまり関係無さそうなんですけど……」
白バイの後ろにちょこんと座った、因幡直純が語る。
指定された場所はどうにも海とは逆方向である。
そこに何かあるらしいと鮫島から聞いたのが数分前、速度が売りの機動捜査課に白羽の矢が立ったという訳らしい。
「でも、どこ情報なんですかねぇ、これ」
場所を示した地図には読めないくらいに崩れた鉛筆の字と、そこそこ丁寧に書かれた文字が並んでいる。
赤マルとボールペンの線が示す道はどうにも遠回りにしか見えない。
「ここから彼方に行った方が早いんですがね。まあ指示には従いましょう」
日奈子がそう言い、直純がしっかりと日奈子の服の裾を掴む。
発車したバイクが目指す地点は五つ、遠回りに何やら星形の軌跡を描いている。
到着する度に御札を貼ってこいとも言われているが正直意図する所は読めない。
不明瞭な目的の元、二人は昼下がりの町中をひたすらに走り続けた。

「上手くいくといいんですがなぁ」
永時は散らかった机を片付けながらいつも通りの小さな声で呟く。
開かれた資料は神道のものであったり、新聞のスクラップであったりと、雑多である。
白い紙には大量のメモが残されており、思考用に使われた事が明白だ。
「これで弱体化が図れれば良いのですがねぇ」
西京に点在する小さな祠を順番に結ぶ規模の大きな儀式。
一人で実行するにはどうしようもなかったが、ちょうど良く人が使えて助かった。
永時は背伸びをしながら虚空を見上げる。
まだ夜は来ない。

終わり。
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