閑雅なる休日
騒々しいデモ隊の中で、浮世離れした白い女は何かを喚くでもなく悠々と歩いていた。
肩から下げた鞄はやや重そうで、見た目よりも大量の物が入っているらしいことが見て取れる。
前方にはデモ隊の鎮圧に来ているだろう特高が何人か。
くすんだ赤い目で前を見つめ、夢水一子はにっこりと笑った。
特高側から特に攻撃を仕掛けてくるようなことはないが、壁になって此方への説得を投げ掛けてくるのは厄介だった。
一子はゆるりと周囲を見渡し、誰が誰だったかを思い出す。
なんとなく話したことのある人、顔を付き合わせただけの人、様々な人がこのデモ隊には含まれている。
ほぼ先頭で旗を持っていた学生服の少女が疲れた様子で先頭を離れる。
一子はぱたぱたと少女に駆け寄った。
「ねえ、このまま此処に留まっていて良いと思う?」
黒髪に意思の強そうな瞳を持った少女は疑問符を浮かべた。
まだ疲れているらしい、分かりやすく単刀直入にいこう。
「突破口を開かないと今日も此処から先に進めずに終わるわ。僕ね、せっかちな質だから明日も同じように此処で止められるのは堪ったものじゃないの」
「はあ……」
「それでね、思い付いたんだけれど」
一子はにこにこと笑いつつ、大袈裟な鞄から瓶を取り出す。
瓶の中には色のついていない液体が半分より少し下の位置まで入っている。
小さく水音を立てるその瓶に、少女は一瞬顔をしかめた。
「それで何をする」
「あら。分からない?火をつけて彼方に投げるのよ」
指で示す方向はだいたいデモ隊が膠着している位置である。
そんな場所に火を投げ込めばどうなるかは誰でもわかることだ。
「……そんなことをして良いと思うのか?」
「構いやしないわ。何せ正しいのは僕達なんだから」
そう言い、一子は瓶の蓋を開ける。
少し液体が揮発したのか妙な匂いが上がってくる。
そこに鞄から取り出した布で乱雑に蓋をする。
布で適当に塞いだ瓶を地面に置き、一子はマッチ箱を出した。
「僕には彼処まで投げる程の力が無いの。なるべく高く、目立つように投げて頂戴。良い?」
瓶とマッチを無理に押し付け、一子は用は済んだとばかりに去ってしまう。
後に響いた瓶の破裂音はデモ隊の進行を助けた。

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