公安局のヘリを飛ばして一時間ほどでついたのは、人気のない山のなかだった。シビュラの管理を受けるために人は都市部に集中しており、ここ北陸は無人のハイパーオーツ畑になっているとヘリの中で聞いた。なるほど、材料はこの麦のみだからクッキングマシンの料理はまずいのか。
今更その事実を知って納得しながら、無人の宿に恐る恐る踏み入る。私たちが旅行するためにこの温泉宿を綺麗にし、ドミネーターを搭載したドローンを配置させたというのだから、局長も思い切ったことをするものだ。執行官が逃げないようにするためらしいが、もう誰も逃げ出したりはしないだろう。たぶん、狡噛さんも。



「わあ、これが宿ですか!ホロじゃないんですね」
「え、マジ?わ、本当だ!ホロじゃない!」



朱ちゃんと縢は、はしゃぎながらホロじゃない壁や内装にさわっている。宜野座さんや狡噛さんも、柱にさわってホロ独特の映像の乱れがおこらないことを確認していた。立派な柱をこんこんと拳で軽くたたきながら、征陸さんが天井を見上げる。



「懐かしいな。こんな建物を見たのは久しぶりだ」
「そういえば、街中ってホロで溢れてますもんね。みんな珍しがってるし……これでご飯が出なかったらみんなで飯ごうすいさんですね。懐かしいなあ」
「小学生のときにやったなぁ。班ごとにカレーを作って」
「少年自然の家に泊まったりとか!」
「アスレチックで無理して怪我したりしてな」



懐かしい思い出に浸っていると、征陸さんが義手で手にふれてきた。宜野座さんと同じメーカーの義手はまだピカピカで、先日来たばかりだということを思い出させる。休みだからいいかと征陸さんの手を握って、パンフレットを広げた。
使えるのは大部屋が一室、あとは宿のなかにある大浴場が二つと、仕切られている露天風呂が二つ。征陸さんの指が伸びてきて、パンフレットの一部を差した。



「卓球台があるらしい。エアホッケーも」
「わ、いいですね!まずはひとっ風呂浴びますか!」
「湯上りにビールも」
「禁酒するから、今日が飲み納めです」
「禁酒?」



征陸さんの眉がぴくりと動き、どうしたのかと見てくる視線に苦笑いをした。自分の時代にいた頃はストレスで飲まなきゃやっていられなかったし、この時代に来てもシビュラという聞いたこともないシステムに従えと言われたりドミネーターで人を撃てと命令されたりで、飲まなきゃストレス発散が出来なかった。でももう落ち着いたから、そろそろ飲むのを抑えなければいけない。体にも悪いし、何よりダイエットをしなきゃいけない私にとっては大敵だ。



「体に悪いかなぁ、なんて」
「嬢ちゃんと酒を飲むのが楽しみだったんだがなぁ」
「勿論、ノンアコールはたまに飲みますよ!」



ダイエットしているなんて言ったら、優しい征陸さんはそんなことをしなくていいと言うに違いない。それに、征陸さんが未だに手を出してこない原因が私の体型だったら、嫌だし。ちろりと征陸さんを見て、恥ずかしさに赤くなる顔を逸らした。こんなことを考えるだなんてはしたない。
征陸さんにどうしたのか聞かれる前に、パンフレットをたたんで歩き出す。気付けば他の人は早くも先に行ってしまっていて、ひとつ向こうの部屋から声がしていた。どうやら置いてあったレトロゲームに縢が興奮しているらしい。



「あっ名前ちゃん見てこれ!これ名前ちゃんの時代にもあった!?」
「わ、懐かしー」



縢が見ているのは、机の上にぽつんと置かれた野球盤だった。手動でパチンコ玉のような野球ボールを投げるという私でも懐かしいそれは、ドローンに掃除されたのか埃をかぶることもなく置かれていた。珍しいからか興味津々な縢に使い方を教えながら、さっそく朱ちゃんを巻き込んで遊び始める。縢は大人びてどこか人生を達観しているようなところがあるけど、こうして見ると子供みたいだ。
笑いながら二人から目をそらすと、横の部屋に卓球台が置いてあるのが見えた。古びた台のうえには、ご丁寧にラケットまで置いてある。



「卓球か。したことはないが、名字はあるのか」
「狡噛さんの時代はもうしてないんですね。私は体育の授業でしてましたよ」
「少しやってみるか。ギノ、相手をしてくれ」
「駄目ですよ、狡噛さん!」



ラケットを手に取ろうとする狡噛さんを制し、宜野座さんもラケットから遠ざける。何事かと見てくる二人に、声も高らかに温泉で卓球をする場合のしきたりとも言える事を伝えた。



「温泉での卓球は、浴衣でしなくちゃいけないんです!」
「そうなのか?」
「ですよね、征陸さん!」
「ああ、そうだな。出来れば風呂上がりに牛乳を瓶で飲んだあとにするのがいい」
「ですよね!」



征陸さんと私の力説に納得したのかしていないのか、二人はたいして卓球をしたいという欲望を見せずに頷いた。せっかくだから先に風呂に入るか、という宜野座さんの言葉に頷いて荷物を持ち直す。早くもゲームに熱中している縢と朱ちゃんにも声をかけて、大部屋へと移動することにした。
確か防犯上の理由で、私たちは全員で大広間に泊まるはずだ。襖で仕切れるから男女で別れる予定ではいるけど、なかなか破廉恥なような気もする。まあ、男女で分かれている時に執行官が逃げたら、朱ちゃんと宜野座さんでは捕まえるのに手こずるに違いないし。



「名前、少しいいか」
「征陸さん?どうしたんですか?」
「卓球をするときは、上着も着てくれるか」
「いいですけど、それじゃあ動きにくいですよ?」
「嬢ちゃんの浴衣を誰かに見せるのも、本当のことを言うとはがゆいのさ。わかってくれ」
「は……はい」
「この顔を見せるのも、俺だけがいいんだがな」



贅沢は言えん、と征陸さんが頭をなでる。心臓がきゅうんと締め付けられて、どうしたらいいかわからなくなる。まだ甘えるのが下手な私をわかっていて、それすら包み込んでくれる征陸さんに、勇気を出して服の裾をつかむ。征陸さんだけです、という消え入りそうな声を拾って、征陸さんは嬉しそうに笑ってくれた。



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