「というわけで、局長から休みをもぎ取ってきました!」
執行官は潜在犯のわりに自由があるとは言えど、休みでも人が足りなければ連れ出される。監視官も同様に、休みも満足に満喫出来ない。
だから休みを取ってきましたと朱ちゃんが笑顔で言ったのは、激務がすこし落ち着いた頃だった。可愛らしい顔は少しやつれて目の下には隈が出来て、みんなも同じように疲れきっていた。そんな中での突然の発表に、宜野座さんがもうしていない眼鏡をかけ直す仕草をしながら、みんなの代表で聞き直した。
「……なんだって?」
「だっておかしいじゃないですか!シビュラによる完全週休二日制度が導入されて何十年も経つのに、昔にあったというサービス残業や休日出勤というものを繰り返しているんですよ!」
「それはそうかもしれないが、どうしたんだ?疲れているのか?」
「疲れていません!でもおかしいと思って、局長に直談判してきました」
朱ちゃんはどうやら局長と親しいというか、朱ちゃんが局長の弱みを握っているみたいだ。宜野座さんが怪我で入院したり義手を調達しているあいだに、朱ちゃんが局長から指示を受けるようになったらしい。そしてたまに無茶な要求を通してくる。今みたいに。
朱ちゃんの話を要約すると、公安局の各課に順番に休みが三日与えられることになったらしい。名目は、犯罪が多発して休みがなくなった代わりのご褒美みたいなもの。各課に三日ずつ、今までの統計で犯罪が少ない日に割り当てられる。ひとつの課が休みのときに犯罪がおこった場合は、ほかの課が手分けしてその区域の処理にあたる。もう各課に情報が行き渡っているはずです、という朱ちゃんの目は心なしか濁っているように見えた。
「朱ちゃん、大丈夫?やっぱ疲れてるでしょ」
「縢くん何言ってるの、私は元気だよ?色相もクリアカラーだし」
「そういう問題じゃない。今日はもう帰れ」
命令とも言える宜野座さんの言葉に、朱ちゃんはむっとした顔で口を開いた。可愛い顔をした内面に、負けず嫌いで芯が強くて気が強いところを隠し持っている朱ちゃんの口から何が飛び出るか、一瞬の間によくない想像が駆け巡る。
槙島の事件が終わってから宜野座さんは優しく柔らかくなったというか、本来の性格に戻ったのだと思う。係数があがらないかとキリキリしていた頃と違い、穏やかに征陸さんと話している姿もよく見かけるようになった。つまり宜野座さんは宜野座さんなりに朱ちゃんを心配しているのだ。不器用なせいで命令口調に聞こえるだけで。
「ストップ!宜野座さん、言い方ってものがあります。朱ちゃんも、いつもなら流せることに突っかかるってことは、疲れてるんだよ。ね、ちょっと休憩しよう?」
「……すみません。何だか苛々しちゃってて」
「悪いのは朱ちゃんじゃないよ。宜野座さんも、女の子にはもうちょっと優しい言い方しないとモテませんよ?」
「それも考慮してシビュラが相手を選ぶだろう」
「そういうことじゃなくて!……征陸さん、どういう教育してきたんですか」
「……すまん」
珍しく落ち込んだ様子で謝った征陸さんは「昔はよく笑ったんだがなぁ……」とぼやきながら宜野座さんの傍に歩いていった。征陸さんなら宜野座さんにもわかりやすく今の出来事を諭してくれるだろう。さてこちらは、と考えていると、成り行きを見ていた狡噛さんが、煙草を灰皿に押し付けて話題を変えた。
「三日も休みがあるのか」
「あ、はい。そうなんです。一係はみんなうまくいっているから、局長が宿をとってもいいって」
「宿?宿って、もしかして出かけていいの?朱ちゃんが行くだけ?」
「みんなで行くんだよ。ずばり!ぶらり湯けむり殺人事件!〜家政婦は見た!事件は現場でおこっているんだ!〜です!」
……そういえば、朱ちゃんが私が話した二時間サスペンスに興味を持ってたのって一週間前だっけ。あのチープな出来には、変に引き込まれるものがある。何となくこの流れがわかって、征陸さんと懐かしさを共有したあとに意味のわかっていない面々に説明をした。
「あのですね、昔はよく二時間サスペンスでそんなタイトルのドラマをやっていたんです。朱ちゃんはそれを見て、昔ながらの宿に泊まりたいと考えた、でいいのかな?」
「はい!昔の宿ってよくわからないので、名前さんと征陸さんに決めてもらおうと思って」
朱ちゃんが差し出してきたのは、これまた珍しくなった紙に印刷されたパンフレットだった。もしかしてこの段階から昔懐かしの空気を醸し出そうというのか。
たくさんの宿が印刷されているパンフレットを眺めながら、ここまで何も言わずに話を聞いていた弥生さんが朱ちゃんに尋ねる。
「志恩は行けるんですか?」
「残念ながら、あれほどの分析官の代わりはいなくて……。一緒には行けないんです」
「辞退は可能でしょうか?命令とあらば行きますが」
「いえ、それなら仕方ないです。残念ですけど……あ、ほかの人は参加してくださいね!」
にっこりと笑顔の朱ちゃんに、縢は喜んでパンフレットを見始めた。一泊二日、残念ながら弥生さんと志恩さんのいないメンバーで温泉へとGO。行き帰りに公安局のヘリを使うと聞いて、朱ちゃんがなんだかラスボスのように思えてきた。味方のうちは心強いことこの上ないけど、敵になったらどれだけ恐ろしいか。
我関せずで煙草を吸っている狡噛さんに近付いて、肘で小突く。何だと視線だけで内容を聞いてきて狡噛さんに、小声で文句を言った。
「朱ちゃんがヒロイン通り越してスーパーヒーローになっちゃったの、狡噛さんが公安局を出て行ったからですよ」
「そいつは悪かったな」
「悪いなんて思ってないくせに。このままじゃ朱ちゃんが勇者、狡噛さんは脱獄囚、縢がゲーマーで弥生さんはコンピューターおばあちゃんならぬコンピューター美人、征陸さんは僧侶で、宜野座さんは捕らわれのピーチ姫みたいなよくわからないパーティになりますよ」
「名字は?」
「育毛剤に脱毛剤を入れる係です」
「……それは本当によくわからないパーティだな」
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