「入りますよー」



形だけのノックをして病室に入ると、ゲームをしていた縢が真っ先に反応して顔を上げた。征陸さんと宜野座さんは対決している将棋がいいところらしく、手を上げただけで歓迎の意を伝える。縢のご注文であるプリンの入った袋を渡して、一係のデスクまわりのようになっている病室を片付け始めた。
散乱しているゲーム機をまとめて縢のベッドの横へ、事件のファイルや義手のカタログなどは宜野座さんの前へ、禁酒しているはずなのにある酒瓶は没収して征陸さんをちろりと見る。まあ蓋が開いていないからいいだろう。



「ありがとー名前ちゃん!プリンだ!」
「お弁当も持ってきたから。志恩さんに聞いたんだけど、もう普通のご飯食べてもいいんでしょ?あのまずい食事ばかりだと治るの遅くなりそうだし」
「あれ、栄養あるけどまずくてさー。食べていい?」
「うん。はいスプーン」



うきうきとプリンを持つ縢にスプーンを渡し、ぎっちり詰まったお弁当を机の上に置く。その時ちょうど将棋の決着がついたらしい隣のベッドから、宜野座さんの「参りました」という声が聞こえてきて、征陸さんが上機嫌に笑った。



「まだまだ、伸元には負けんよ」
「うるさい、始めたばかりだから仕方ないだろ」
「はいはい、そこまでにしてプリン食べませんか?作ってきたんです」
「おっ、いいなあ。嬢ちゃんはどうする?」
「私はいいです。宜野座さんは食べますか?」
「もらおう」



大の男が3人でプリンを食べているのは、どことなく可愛いような異様な図だ。嬉しそうに二個目に手を出す縢に、おやつは程ほどにと言いながら甘いにおいに眉を寄せた。
酒のつまみばかり作る私にとって、お菓子作りは未知の領域だ。何度も失敗し見た目が綺麗なのを作れたのは昨日の夜遅くで、頭が霞がかったようにぼんやりとする。体中からバニラビーンズの甘ったるいにおいが漂ってくるし、一係は三人もいないし、どうも調子が出ない。



「名字、なかなかだぞ」
「それは良かったです」
「嬢ちゃん、少し寝るか?寝不足だろう」



食べかけのプリンを置いて、征陸さんが目の下を優しくなでてくる。猫のように喉をごろごろと鳴らして甘えたい欲望を抑え、笑って首を振った。ここで寝たら征陸さんのお世話が出来ない。いまは医療用ドローンが全部やってくれるし、頼れる志恩さんもいる。それでも少しでもお世話したいのは、世話をするという名目で傍にいたいからだろう。



「嬢ちゃん、明日もプリンを持ってきてくれるか?見た目が悪くても味が悪くても構わんさ」
「え?」
「嬢ちゃんのことだ、これを作るまで何度か練習したんだろう。初めてとは思えんほどいい出来だ。それに、嬢ちゃんは頑張りやだからな」



頬を優しく一撫で、そのまま頭に乗せられた手が髪を梳くように動いた。届くのに何週間もかかる義手がまだ来ていないせいで、征陸さんが動かせるのは片手しかない。その一本の手を独り占めしてぜんぶ見透かされているようなことを言われると、何だか泣いてしまいそうだ。せっかく泣かないように頑張ってきたのに。



「……征陸さんのばか」
「嬢ちゃんから悪態をつかれるとは、珍しいこともあったもんだ」
「征陸さんのことだから、槙島を捕らえるより宜野座さんを助けることを優先するって、わかるじゃないですか。なのに迷ったりして、死にかけて」
「刑事と親心のあいだで揺れるたぁ、俺もまだ経験不足だな」
「あのとき、征陸さんが死んだら私も死のうって、思ってたのに」
「俺は死なないさ。嬢ちゃんが泣くからな」



まだ泣いていないのに、征陸さんの指先が目尻をなでる。それが合図になったように、涙が溢れ出してきた。何もかも見透かすなんて、ずるい。
嗚咽の合間に征陸さんに責任を擦り付けると、征陸さんは困ったように笑った。それでも突き放すことはせず、ゆっくり背中をなでてくれる手が愛おしい。やっぱり征陸さんはずるい、惚れた欲目で文句も満足に言わせてくれないなんて。



「そ、れに、宜野座さんも宜野座さんです!征陸さんなら槙島より宜野座さんを優先するって、私でもわかったんですよ!それなのに槙島を離すなとか言って!」
「なっ……!そ、そう言うだろう!槙島を捕らえないとまた多くの犠牲者が出るんだぞ!」
「私にとって宜野座さんは、見知らぬ他人の50人分くらい価値があるから、そんなの知りません!」
「なっ!」
「縢も縢よ!ノナタワーで通信切れたのに進んでいって勝手に死にかけて!わ、私が、どれほど心配したと、思って……!」



慌てたような縢の声が聞こえてきて、視界にタオルが入ってくる。縢から征陸さんに手渡されたそれは、私の涙をぬぐうという役割を果たし、征陸さんの膝のうえに置かれた。
その位置が羨ましく思えて、じとりとタオルを睨む。三人部屋にいるから満足に征陸さんとも触れ合えないのに、堂々と征陸さんの膝の上にいるなんて、場所を代わってほしい。



「も、いいです。征陸さんの老後の介護の体験だと思えば」
「おいおい、今はドローンが全部やってくれるんだぞ?それに、働けなくなったらお払い箱だ」
「知りません。いざとなったら私の時代に一緒に行きます。もう離れませんから」



ヒュウ、と縢が茶化すような口笛を吹く。それを無視して、タオルをどけて征陸さんに近付いた。くしゃくしゃに丸まった無機物にくだらない優越感を向けているあいだに、獲物を見つけた猟犬のように征陸さんが忍び寄ってくる。気付いたときにはもう遅く、すぐ近くに寄せられた顔はそのまま肩に埋まった。



「ま、征陸さん!」
「息子からもお許しが出たんだ。少しくらいいいだろう」
「よ、よくないです!縢がいます!」
「俺のことは気にせずごゆっくりー」
「縢!」
「……こうしてるとなぁ、いつ死んでもおかしくない歳だが、生きていて良かったと思える」
「征陸さん……」



近付いてくる顔に、もう何も文句は言えなかった。唇ではなく首にひとつ落とされたキスは、征陸さんなりの配慮の結果だろう。恥ずかしいことに変わりはないけど。



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