「……え。嘘」



ありったけの勇気を振り絞って階段を下りてきたというのに、そこにはシャッターがおりていた。まさかの展開すぎる。揺さぶってみても持ち上げようとしてもびくともしないそれに、思わず座り込んだ。……ええー……こんなのって有り?
大声で誰かを呼んでみようかと思案している最中、ふっと人影がよぎった。いつの間にか見ていた床から視線を引き剥がして顔をあげると、そこには写真で見たままの彼女の姿があった。……霧切響子。超高校級の探偵である、理事長の娘。驚いた顔で私を見たのは一瞬で、すぐに険しい表情になった彼女は、こつこつと足音を響かせながら近づいてきた。



「あなたは誰。どうしてそこにいるの」
「え、と……気付いたらここにいて……」
「あなたも希望ヶ峰学園の新入生なの?」
「希望ヶ峰……ううん、違う。目眩と吐き気がして、気付けば二階に。──ねえ、あなたは超高校級の絶望が誰か知っている?」



どうも話が噛み合わない彼女に、思い切って質問をしてみる。彼女は眉を寄せ、聞いたことがないという単語を噛み砕いて飲み込んでいた。……あれだけ重要そうな事件を起こした中心を知らないなんて、おかしい。
それに彼女は「あなたも新入生なのか」と聞いた。霧切さんは入学して二年は経っているはずだ。今の言葉からすると、まるで入学したばかりのような……。



「モノクマの手先、なのかしら」
「ものくま?」
「この学園の学園長と名乗るぬいぐるみよ」
「学園長……理事長はあなたのお父さんよね?」
「え?」



驚いて目を見開く霧切さんに、頭がおかしいと警報を鳴らす。おかしい。おかしい。書類や学級日誌で見た情報と噛み合わない。どちらかが間違っている、あるいは両方間違っている。
震える声でここがどこかと聞くと、彼女は意外にもすんなりと答えてくれた。ここがどこかはわからないこと。もし希望ヶ峰学園なら、都会の一等地、それこそ日本の中心とも言える場所に立っていること。それなら私が知らないはずはない、のに、私はこの学校を知らない。



「質問には答えたわ。次はあなたが知っていることを洗いざらい吐き出しなさい」
「……上で書類を見つけたの。そこにはあなたたちの事とこの世界のことが、」
「何の話をしているのかな?」



びくりと体が跳ねた。呑気で明るくて、だからこそ窓のない建物のなかに不気味に響く声。声のした方向に顔を向けると、そこにはツートンカラーのぬいぐるみがいた。きっちり半分、白と黒にわけられたそれは、とてとて、と可愛らしい動きで鉄格子の前までやってきて首をかしげた。



「んん?君は誰かな?あっ、もしかして!」
「ぬ、ぬいぐるみが、喋ってる……?」
「ボクの運も捨てたものじゃないね!まさか本当に来るなんて。……あれれ、どうしたの?まさかボクのあまりの愛くるしさに固まっているのかな?無理もないね、ボクはクマ一番可愛らしいから!」
「茶番はいいから答えて。彼女は誰なの」
「超高校級の物理学者が、ほぼ完成のタイムマシンを作ってたんだ。それで試しに動かしてみたら、な、なんと!コイツが来たのでした!」
「……タイムマシン?」
「どこからか人を引っ張ってくるってやつだね。どこから引っ張ってくるかは指定できないんだ。完成する前におしおきで死んじゃったからね!うぷぷ!」



おしおき。死んだ。タイムマシンでどこからか私を持ってきた?突然のことで理解できないまま青ざめる私を見て、モノクマという名で呼ばれていた物体は短い両手を上げた。開けゴマ、というありふれたフレーズと共に開いたわずかな鉄格子と床の隙間から、モノクマが手を掴んでくる。それに抵抗する間もないまま引きずられ、気付けば霧切さんとモノクマの前で床に這いつくばっていた。
……ここに来てから有り得ないことの連続で、頭がどうにかなりそうだ。状況を整理する力もない私を見て、モノクマはご機嫌で笑った。



「さて、あらかた見て回っただろうし、もう一度体育館に集合!」



それを最後に、煙のように消えたモノクマがいた空間を見つめる。一秒後、廊下に設置してあったモニターにモノクマが映った。
至急至急!体育館に来てください!と、言葉のわりに急いでいない声は、モニターと共にぷつりと切れた。廊下にモニターやカメラが置いてあるなんて、ここは一体──



「監視カメラよ。それで私達を見張っているの。……行きましょう。話は移動しながら聞くわ」



趣味の悪いカラーで塗りたくられた空間は、長時間いれば気が狂いそうだと、歩きながら頭の隅で呑気に思った。歩いている最中にほかの生徒と会い、驚かれつつも到着した体育館で、私は「超高校級の偶然」としてモノクマに紹介された。なんでも「過去と現在と未来に存在するすべての生き物からタイムマシンに選ばれた、まさに超高校級の偶然だ!」ということらしい。
そのあと私のためにと恩義せがましい台詞を吐きながら説明された殺し合いの説明に、目の前が真っ白になった。長い夢だとかドッキリだとか、希望を探す脳みそが次々と信じたくなるような事を考え出していく。──でも、超高校級と呼ばれる絶望なら、あるいは。そしてあの書類や日誌に書いてあることと一致することがある限りは。
その懸念ひとつで真っ白な希望はたちまち黒に染まり、目の前まで黒く染めていく。崩れ落ちる私の上に、なおもモノクマの言葉が降り注いできた。



「もう個室はないから、誰かを殺したあとに解放されるはずだった、保健室と大浴場を開放します!ボクって本当に生徒思いの学園長だから、もじもじ」
「……う、そ」
「ちなみにタイムマシンがある階は、人殺しをして学級裁判を乗り越えたあとに解放されるよ。それまで精々生き延びてね、うぷぷ!」
「うそよ、こんなの」
「そうだ忘れるところだった。一応聞いておくけど、名前は?殺されたとき呼べないからね!」
「──名字、名前」



自分の名前を名乗ってしまったあとで、口では否定しながらもこの現実を受け入れてしまっているのだと、ようやく気付いた
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