重力とか引力とか、地球にあるべき絶対的なものを無視して、体がぐにゃりと動いた気がした。脳みそに手を突っ込まれて、無邪気で残酷な子供にぐちゃぐちゃに掻き回されている感覚。耐え切れないほどの目眩と吐き気に襲われて、がくりと倒れ込んだ。
倒れたことさえ認識出来ないほど自分のなかに起こったことに耐えるのに精一杯で、数分にも何日にも思える痛みがようやく去ったあと、顔を上げた私に飛び込んできたのは一筋の光だった。



「……ここ、どこ」



脂汗が浮かび、口のなかはカラカラで水分を欲していた。随分と無理な体勢で狭いところに閉じ込められていると気付き、一気にパニックが襲ってくる。どうしてこんなところに。今さっきの目眩と吐き気はなんだ。冷え切っている手足を動かすと、ぴきりと音がするような気がした。
──落ち着いて、落ち着くのよ私。私は何をしていた?確か明日は高校の卒業式で……予行練習をしていた。そう、だから私は制服を着ている。それから友達と遊んで家へ帰ろうとした途端立っていられなくなって……。

すう、と息を吸って吐いて、ようやく少し落ち着いて見回した。狭く埃っぽい場所に無造作に放り込まれたような姿勢を、まずは何とかマシなものにする。
一筋差している光が、少し開いているドアから漏れていることを思い出し、そうっと顔を近づけて覗き込む。そこには壊れたロッカーが並んでいた。まるで学校の更衣室のような光景に、荒立っていた心が凪いでいくのを感じる。



「だ、誰か、いませんか……」



勇気を出して口から出した言葉は、たいした反響もせずぽとりと落ちた。どうやら誰もいないらしい。自分のいる場所もロッカーの中みたいだし、とりあえずは外に出てみよう。そうじゃないと飢え死にだ。
押しても引いてもびくともしないドアと格闘すること数分、渾身の体当たりで痛めた左腕や肩と引換えに部屋のなかへ出た。埃に咳き込みながら、さっきまで自分がいたロッカーを振り返る。そこには、今まで気付かなかったものが転がっていた。



「アルバム……と、学級日誌が二冊?」



ここは本当に学校なのかもしれない。何かの手がかりになるかもしれないと学級日誌をめくってみると、そこには希望ヶ峰学園と記されていた。聞いたことのない学校のことを考えるのは後回しにして、日誌をめくる。
出席番号順に回されていたらしい日誌は、どこにでもある普通のものだった。緊張と不安が占める割合が大きかった心が、クラスメイトと接するたびに喜びや楽しみで満たされていく。学校であったことだけではなく休み時間の些細なやりとりまで書かれている紙に、その過程が色鮮やかに刻まれていた。

学生らしい青春を謳歌していた一冊目から一転、二冊目はいきなり雰囲気が変わっていた。絶望による暴動で世界が破滅したこと、希望を守るために自らこの学園に閉じこもったこと。まるで映画や漫画のなかのような出来事に、ページをめくる手がふるえる。……こんなこと、あるわけない。あるわけ、ない。
最後まで読み終えてもまだ震えている手でアルバムを開いた。各行事から教室での写真まできちんと整理されている写真は、このクラスの仲が良かったことを物語っている。青空がうつる教室での最後の写真は、みんな笑顔だった。それから次のページは、みんなで窓をふさいでいるところや、食料を運び込んでいるところなどの、室内ばかりの写真。それらが学級日誌に記されていることが本当のようで恐ろしかった。
こんなのは嘘だと言い切れないのは、今さっきの頭痛と吐き気、そして見知らぬ場所で目覚めたという理解不能な状況のせいだ。学級日誌とアルバムをしっかりと手に持ち、一歩踏み出す。なんにせよ、ここにいると飢え死にすることだけは変わらないのだから。

ほかのロッカーが開かないことを確認したあとに出た廊下は崩れていて、相変わらず人の気配はなかった。入れる部屋を探して歩き回りたどり着いた部屋で、私は学級日誌に書いてあることが真実味を帯びる書類を見つけてしまった。希望ヶ峰学園、学園長の部屋。
超高校級の絶望による世界の終わり、未来へつなげる希望を守ろうとする計画。超高校級の絶望は実は二人いて、この学園に希望と共に閉じ込めてしまったこと。それらへの対処、超高校級という聞きなれない響きの人たちのプロフィール。それらが学級日誌を書いていた人たちのことだと気付くのに、時間はかからなかった。



「もしかしてドッキリかもしれない、けど……でも、私を相手にこんなことする意味なんて、ない」



たまに怖い話で見る、異空間とか別世界に迷い込んでしまったのかもしれない。文字が読めるだけまだマシだろう。言葉が違っても筆記で会話できるし、うん、とりあえずここがどこか聞くところから始めよう。
自分をなんとか奮い立たせて、二本の足で床を踏みしめる。ここに書いてあることの概要は掴めた。これが本当かも知らないし超高校級の絶望が誰かもわからないけど、少なくとも霧切という生徒だけは違うだろう。希望を守ろうとした学園長の娘なのだから。

──さあ、階段を下りるときが来た。重要そうな書類やプロフィールを、はしたないけどタイツの中に突っ込んでスカートで不自然さを隠す。アルバムと日誌はお腹と背中に入れて、しゃんと背筋を伸ばした。もし世界が壊れていて日本にも銃が出回っているのなら、これで少しでも弾を受け止めてもらおう。ここにいても仕方ない。せめて、これが真実かだけは確かめなくては。
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