オールマイトにおいしいオムライスを作るために、一週間ほぼオムライスばかり食べていたことを顔に出さず、名前はオールマイトとの買い物を楽しんだ。ショッピングモールは休日らしく人であふれていて、あちこちでセールをしている。
オールマイトは、ヒーロースーツやテレビに出るための背広などはオーダーメイドのいいものを揃えていたが、私服に関してはあまり気を使っていなかった。休日であろうと、いつヴィランが現れるかわからない。ヒーローとしてのマッスルフォームとトゥルーフォームとの落差は激しく、できるだけ伸縮するものを選んでいたが、ヴィラン退治がなくても自分の吐いた血で汚れることもあるため、安めのものばかり購入していた。
トゥルーフォームのときは服のサイズがあっておらず、みすぼらしいことは自覚していた。なので、今日はすこしばかり気合を入れてきた。いざとなったら服など破いてしまえばいい、がコンセプトだ。
いつもと同じような格好ではあるが、細身の体に適度にフィットしたシャツとジャケットは清潔感があり、ずり落ちそうなジーンズを止めているベルトがアクセントとなっている。ちなみに、シンプルだが全部高い。
もしかして格好をつけすぎたかもしれないとそわそわしていたオールマイトの思考は、ミニワンピースを着てきた名前を見て吹き飛んだ。まさかスカートの下はすぐに下着なのか、体を冷やすぞと、おじさんらしく心配するオールマイトを見て、名前はおおきく手を振った。
白く、鍛えているわけではない、見るからに柔らかそうな太ももが眩しかった。
ショッピングは楽しかった。女性ばかりいるパステルカラーの店にオールマイトが足を踏み入れるのは勇気が必要だったが、名前が強引に引っ張って、試着室の前の隙間にオールマイトを押し込めた。試着室で次々に着替えては感想を求めてくる名前に、オールマイトは心から似合っていると言い続けたが、名前はそれが不満だったらしい。この服を全部買うお金なんてないのに、と怒ったふりは照れ隠しだ。
それを指摘せず、オールマイトは微笑んだ。名前の照れ隠しが少女らしく可愛かったこともあるが、自分の恥ずかしさをすこしお返しできたようで、こどもの時いたずらが成功したときのような気持ちになった。
女性客ばかりのなか、試着室の前で待っている男性は他にもいたがどれも彼氏ばかりで、自分もそう思われているかもしれないと自覚すると血色の悪い頬がかっと熱くなった。薄い布一枚を隔てただけで名前が着替えているという事実も気恥ずかしかったし、BGMや話し声に紛れて衣擦れの音が聞こえると、どうしても布の向こうを想像してしまった。
名前は、オールマイトがそんなことを考えているなんて想像すらせずに、無邪気に意見を求めてくる。男の性ってやつは、とオールマイトは大きなためいきをひとつついた。
ショッピングを終え、それぞれが気に入ったものを購入すると、ふたりはオールマイトの家の近くにあるスーパーを目指すことにした。時刻はもう夕方になるころで、思った以上に長くなってしまったことにオールマイトはひとり驚いていた。
男性というものはだいたい買い物は短く済ませるもので、オールマイトもその内のひとりだった。こんなに長く洋服を見たのは初めてで、休憩するために入ったコーヒーショップで頼んだクリームがたっぷり乗った甘い飲み物も新鮮だった。
スーパーにつくと、名前はカゴを乗せて慣れた様子でカートを押した。そういえば、とオールマイトは名前を盗み見た。歩くのにあわせてつむじが上下にぴょこぴょこと動いている。
自分が高校生だったころは自炊なんてしなかったが、名前はよく自炊をしているようだ。スーパーにも慣れているようだし、ご両親はよく留守にしているようだ。気になってはいてもそう簡単に聞いていいものでもなく、こうして一緒にいるのにあまり名前のことを知らないとオールマイトが気づくと同時に名前が立ち止まった。
「ヤギさん、鶏肉が余っても困るだろうから、オムライスの中身ベーコンでいい? ベーコンなら焼くだけで食べられるし」
「ああ、構わないよ」
「たまごはいいの使わなきゃね。ヤギさんの体はタンパク質必要そうだから」
「きみに任せるけど、あまり高いのは買わなくていいよ。申し訳ないじゃないか」
「いままでヤギさんに奢ってもらったほうが高いじゃない。ほらヤギさん、おやついる?」
「こどもじゃないぞ私は」
そう言いながらも、久しぶりに見るお菓子コーナーにオールマイトの心は弾んだ。馴染みのあるものも置いてあったが、ほとんどが見たことのないもので、お菓子のクオリティもずいぶん上がったんだなあと感心する。
名前といくつかのお菓子を選んでカゴに入れ、オムライスの材料を一緒に探していくうちに、オールマイトは不思議と平穏を感じていた。
ヴィランと対峙する緊張でもなく、自分の力が衰えていくことの恐怖でもなく、後継者が見つからなかったころの焦りでもない。朝焼けの、あるいはよく晴れた冬の昼間の、もしくは夕日が沈む一瞬の輝きを映し出すような凪いだ海のようなそれは、渇いた心に染み込んだ。
レジに並び、名前がさりげなくエコバッグを取り出し、買ったものを詰めた。それをオールマイトが持つと、名前は一瞬驚いた顔をしたが、なにも言わず横に並んで歩きはじめた。
「ヤギさん、重くない? 血とか吐かない?」
「これくらい軽いものさ。この姿でも、君よりは力があるよ」
傾きかけた夕日がふたりを照らす。ふたりは普段のように喋ったりはせず、黙ってオールマイトのマンションまで歩いた。
沈黙は苦痛ではなかった。昨日より近い距離をお互い意識しているのが伝わって、口を開けばこの関係が崩れてしまうような気がして、口を閉じる。それがむずがゆかった。
結論から言えば、名前の作ったオムライスは非常においしかった。一気に食べられないオールマイトのために控えめに盛られたオムライスには、ケチャップでハートが描かれていた。
「ほら、ヤギさんがオールマイトになったとき、前髪がピンって立つでしょ? それ書きたかったんだけど、ふつうのハートになっちゃった」
いくらしぼんでいるとはいえ今の自分もオールマイトなんだけどな、という言葉を飲み込んで、オールマイトは名前に笑いかけた。これは名前が、自分を正義の象徴ではなくただ一人の人間として見てくれている証拠だ。
女子高校生はハートを描き慣れているという事実を受け止めきれないまま、オールマイトは手を合わせてからオムライスを食べはじめた。味はシェフには劣るが、名前が自分のためだけに試行錯誤して作ってくれたという事実が、オールマイトにとって世界で一番おいしいオムライスへと押し上げた。
オールマイトは本心からおいしいと褒め、二回もおかわりした。そのたびに嬉しそうに恥ずかしそうに顔を赤らめて笑う名前の、可愛いこと愛しいこと。
自分は断じてロリコンではないとブツブツつぶやいていると、名前がどうしたのかと顔を覗き込んでくる。一人の世界に入ってつぶやくとか緑谷少年と似てきちゃったな、と笑いながら視線をあげたオールマイトは、ワンピースから覗く名前のささやかながらもしっかりと出来ている谷間を目撃してしまい、盛大に血を吹き出したのだった。