オールマイトと名前は、休日のたびに一緒に出かける友達になった。
 雄英にヴィランが入り込み一年生を襲ったのはつい先日だ。その場にいなかった自分を恥じたオールマイトは、ほかのヒーローたちの仕事を奪わないためにも、活動時間を維持するためにも、ヴィラン退治を出来るだけやめるよう心がけた。事務所も閉めて活動していない今は仕事が飛び込んでくることもなく、限られた用事以外オールマイトはわりと暇だった。
 ヒーローを志してから暇だということはなく、もしかすると初めて実感するぽっかりと空いた時間に戸惑っていた。
 それを穴埋めするように名前と会ったのは、確かになにもない時間が耐え難かったこともあるが、単純に楽しかったからだった。
 会う回数を重ねるほど名前は警戒をとき、オールマイトに言われるがまま敬語を使うことをやめ、人気店に入るための並ぶ時間さえ楽しいものに変えた。自分が入りたかった店もたしかにあるが、それなりに高かったり人気の店を選んでいるのは、名前の喜ぶ顔を見たかったからだった。

「ねえヤギさん、本当に大丈夫なの?」

 フレッシュジュースを吸い込んでいたストローから口を離して、名前は不安そうにオールマイトを見上げた。
 雄英がヴィランに襲撃され、生徒が襲われた事件はもうニュースでは扱われなくなったものの、まだ記憶に新しい。ニュースでそれを知った名前は、全員無事なことに安堵し、オールマイトが敵を倒したと聞き心配した。やつれている本来の姿を知っている名前は、オールマイトがどれほど無理をしているか、ぼんやりとだがわかっていた。

「ああ。休んでばかりいたら体がなまるからね」

 ふたりがこうして再び会えるようになったのは、体育祭が終わった翌日のことだった。
 フルーツサンドが有名な店で、それぞれ頼んだアフタヌーンティーセットを挟んで向き合っていることが、オールマイトはなんだかおかしかった。傍から見ればどういう関係かすぐには分かりかねるというのに、ふたりはれっきとした友人なのだ。
 日常のちょっとしたアクセントとして、大事でわくわくする、でもリラックスして語れる友人と休日がどれほど大切か、オールマイトはよくわかっていた。
 木と清潔感のある白を基調とした店内には控えめに洋楽がかかっており、大きなガラスの向こうにはよく晴れた空が見える。オールマイトの体も包み込むソファは上質で、それに体重を預けたオールマイトは、沈んだ空気を吹き飛ばすようにウインクした。

「どんなに無茶をしても、きみと会う時間はちゃんと作るから大丈夫さ」
「無茶しちゃだめでしょうが!」
「あっハイ」

 途端にしおれたオールマイトは、心配で眉を寄せて泣きそうな顔をしている名前を見て、ブラックジョークすぎたと反省した。一回りも年が離れているような少女に真剣に叱られるのは初めてで、オールマイトの心のすみが心地よくくすぐられる。

「ヤギさんが無茶しなきゃいけない職業なのも、そうしなきゃ死んでたかもしれないのもわかるけど、でも、ヤギさんを犠牲にして成り立つ世界なんか嫌だよ」

 ――この子に、自分はナチュラルボーンヒーローではないと教えていただろうか。もしくは、自分がNo.1ヒーローであることを知らないのだろうか。
 オールマイトは、不思議な気持ちで名前を見つめた。
 あの力を見て、頼りにされたり敵対心を燃やされたりするのは慣れていたが、こうして真剣に、泣くのをこらえて心配されるのは慣れていない。いくら怪我をしても浴びせられるのは喝采と賞賛で、たしなめられたりしても、それがヒーローだとわかっている人ばかりだから小言で済まされてきた。
 オールマイトは、名前に対して、初めて真摯に向き合い謝罪した。

「心配させてすまない。これからも無茶をしないとは言い切れない。だが、どんなことがあっても、絶対にきみのもとへ戻ると約束しよう」
「死体になってとか、嫌だからね」
「それは私も嫌だから、そうならないようにするよ」

 オールマイトの偽りのない言葉が、名前の体に優しく染み込んでいった。
 名前はもう、オールマイトの目を見ることをいとわなかった。オールマイトの目が、この姿のときでも輝きを失っていないことを知り、名前は笑った。この人は、どんなときでも根っからのヒーローなのだ。

「そうだヤギさん、いつもお店でヤギさんにお金出してもらって悪いから、わたしもなにかお返しさせて。あんまり上手じゃないけど、もしヤギさんが外で食べるの恥ずかしいものとかあったら作るし、買うのが恥ずかしいものがあったら買ってくるよ」
「……オムライス。オムライスが食べたい」

 オールマイトの口から出たのは、自分でも予想外の単語だった。オールマイトのリクエストを聞いた名前は目を輝かせて頷き、任せてと言わんばかりに胸を叩いた。

「練習しておくね。あっ、オムライス作るなら、わたしの家かヤギさんの家に行くことになると思うんだけど、うちは両親が留守にしてるだろうし、ヤギさんさえよければうちに来る? 見たい映画のDVDあるから、それ見ようよ」

 無邪気な提案にすぐ頷けるはずもなく、オールマイトはどう返事をすればいいか必死に考えた。
 ここで男女だということを強調すれば、名前から伝わってくる心地よい信頼がなくなるだろう。だからといって、安易に名前の家にお邪魔するのはいかがなものか。両親がいないと言っていたが、もし帰ってくれば痩せこけた不審者が家にいることになり、非常にまずい。マッスルフォームになれば、なぜここにオールマイトがいるのかと更にめんどうくさくなる。

「……見たいDVDとは、なにかな」

 長い沈黙を不自然と思われないよう、何気ない話題を提供したつもりだったオールマイトは、名前の口から出てきたタイトルにわずかに目を開いた。それはオールマイトも見たいと思っていたが映画館まで足を運ぶ時間がなく、DVDになるのを待っていたものだった。

「それ、もうDVDになってたんだな」
「ヤギさんもこれ好きなの?」
「まだ見てはいないが、気になっていてね。そういうことなら、私の家に来るかい」

 名前の気を悪くせずに断る方法が思いつかず、また、DVDに食いついてしまったこともあり、オールマイトは出来るだけ危険が少ない方法を提案した。名前の家へ行ってご両親と会うのは避けたいし、近所の目もあるだろう。その点オールマイトが住んでいるマンションだとその心配もない。

「私も映画が好きでね、家に特別にシアタールームを設置してあるんだ。防音の部屋で大画面で見られるし、ソファも置いてあるからリラックスして見れる」
「それなら……あ、ヤギさんの家ってどこらへん? お礼だからヤギさんの家でオムライス作るのは申し訳ないし、家で作っていくよ」
「そんなことは気にしなくていい。キッチンは頻繁に使ってはいないが、きれいにしてある。たまに使ってくれたほうがキッチンも喜ぶってもんさ」
「じゃあせめて材料は買っていくからね。買わなくていいからね」
「わかったわかった。ただしケチャップくらいはうちにあるのを使ってくれ」

 そのままふたりは、来週の土曜に、スーパーに行く前にお互いの服を見に行くことを約束した。
 青葉が目に眩しい青く光る空の下、店を出たふたりが並んで歩いていく。それは恋人にしては遠く、異性の友人としては近い、初々しく青い距離だった。
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