夕食のすこし前におこされた廉くんは、寝癖のついた頭で目をこすりながら食事を並べるのを手伝った。体が痛いとかそういうのはないみたいで一安心だけど、田島くんの言葉が頭にこびりついて離れない。本当に聞くことはないと思いたいけど、田島くんって冗談のような夢を現実にしてしまいそうだから怖い。
夕食を目を輝かせて見る廉くんはいつもより明るく感じられて、どれだけ勝利が嬉しかったかわかる。つられてにこにこしながら席について、恒例の「うまそう!」大合唱のあとご飯を食べ始めた。勝利のあとのご飯はたまらなくおいしい。



「ねえ千代ちゃん……田島くん、聞かないよね?」
「え?どうだろ……名前ちゃんは聞いてほしいの?」
「聞いてほしく……ない。だって……そんなことしたら、私……」



たぶん立っていることが出来なくなる。そのまま立ち上がれずに、ずうっと丸まって一生をすごす気がする。いつか傷は癒えるのかもしれないけど、それは今この瞬間が過去だと言い切れるほど時間がすぎたときの話だ。
千代ちゃんが優しく背中をなでてくれて、慌てて笑顔で取り繕う。ご飯食べないと冷めちゃうね、という言葉に、千代ちゃんは頷いた。

一心不乱にご飯を食べてお腹を満たした段階になって、田島くんはさりげない話を切り出すように言葉をつむいだ。どきりと心臓が縮まる。



「そうだ三橋!三橋ってさ、名字がいるから三橋だろ?」
「う うん!」
「だよなー!なのに名字が変なことで悩んでんだよ!」



ここで言うのか。顔が真っ青になったのが自分でもよくわかった。みんなお茶を飲んだりすこし残ったご飯を食べたりしながら、さっきまでしていたお喋りを不自然にやめる。体が震えているのがわかった。怖くてたまらない。



「廉、くん、私……私、」
「名前さん 約束、守った!」
「やく、そく」
「オレも、守れた!」



約束。小指を絡めて、星と月が支配している空のしたでふたりきりで約束した。私はベンチにずっといて、廉くんの味方でいる。廉くんは試合に勝つ。
そこでようやく、私はまだ廉くんにおめでとうも言っていないことに気がついた。喜びは先にチームメイトと分かち合うほうがいいと思ったし、実感は私のところへかなり遅刻してやってきたからだ。



「お、遅くなったけど、廉くん、おめでとう!勝って、よかったね」
「名前さんも ありがとう!オレ、名前さんいるから勝てた!」
「そんなことないよ!みんなで守って、点を取って、勝ったんだよ」
「そうだ けど、名前さんも、大事だよ!」



大事。そんな言葉が廉くんの口から出てくるとは思っていなかったから、驚いて高揚した顔を見つめる。廉くんは、私を大事だと言ったのか。廉くんにとって一番大事な野球をするチームメイトと同格に、私を扱ったというのか。信じられなくて目を丸くすることしか出来ない私に、廉くんは続けて言った。



「名前さんがいる から、オレ、頑張れるんだよ!」
「……うそ」
「嘘じゃない よ!名前さん、大事だ!」
「ほん、と?」
「本当だよ!オレの根っこのところに、名前さんがいるんだよ」



廉くんが一生懸命、私に届けようとした言葉を受け取る。これ以上ないというほど嬉しい言葉をもらった今日のことを、私は一生忘れないだろう。力んで顔を赤くして、目をそらさずに伝えられた言葉。きらきらして、小さいときに見た宝石みたいな輝きをしている。



「──ありがとう。私も廉くんが、すごく大事だよ」
「え あ」
「私の根っこのところにも、廉くんがいるよ。ずっといる」



廉くんはいまの言葉が嘘じゃないかとおどおどして、嘘じゃないとわかって、ゆるんだ顔で笑った。それを見て私もゆるみきった顔で笑って、二人で安心や喜びを共有する。
廉くんはしばらく笑ってから、もじもじしながら私を見た。なにか言いたいことがある顔に、優しく促す。数秒の沈黙ののちに、廉くんは意を決したように口を開いた。



「か 叶くん、と……」
「叶くんがどうかしたの?」
「最後 話して、た」
「え、あ、うん、ちょっとね!あの、廉くんのことがずっと気になってたみたいで、様子を聞かれたの」
「叶くん に?」
「うん。廉くんが元気で安心したみたい」



嘘は言っていないと思う。言われたことをすごく丸くいいように解釈した結果を伝えただけだから、たぶん。
廉くんはまだ何か気になっているようで、おどおどしながらも質問をやめようとはしなかった。



「ち、近かった よ」
「うん、私も驚いたよ。会話を聞かれたくなかったんだって」
「ない しょ?」
「んー……廉くんのこと、ずっと気にして、これからのことも気になってるの、恥ずかしかったんじゃないかな」



内緒じゃないよ、と廉くんに言い聞かすように言う。本当は内緒だけど、廉くんにそう言うのは逆効果な気がしたから、そんな素振りは見せずにもう一度なだめるように。廉くんはうつむきかけていた顔をあげて、安心したように笑った。



「内緒じゃ ない!」
「そうだよ。でも、これを話したことは叶くんには内緒」
「これは、内緒!」
「うん、ふたりの秘密にしようね」
「する!」



笑った廉くんは、もう気になることがないようだった。お茶を飲む姿を見ながら、このきっかけを作ってくれた田島くんを探す。怖くてたまらなかったけど、いまは田島くんが聞いてくれて良かったとさえ思っている。



「ありがとう、田島くん。田島くん、すごいね」
「そーだろ!オレ、すごいんだ!」
「田島くん すごい!オレも、そう思う!」
「うん、すごいね!ありがとう!」
「いいって、気にすんな!」
「田島くん、すごい なー!」

「……おい、誰かつっこめよ」
「無理だろ」
「何だこの気の抜ける会話は……」
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