急いで車にもどって行きより短く感じる帰路について、合宿所に帰ってきたのは昼すぎだった。寝ていない廉くんの体が心配で、荷物を片付けてから蜂蜜色の髪を探す。こうして誰かを探していると、合宿所がよけいに広く感じた。



「あ、阿部くん、廉くんどこにいるか知らない?」
「ん?ああ、寝ちまったから布団で寝かせてる」
「……安心、したんだね」
「──おう」



いつもの仏頂面がすこし薄れて、目に優しさがやどる。廉くんには阿部くんがいるから、私はもう必要ない。私が必要だったことなんて、一度もなかった。
そうっと襖を開けて覗き込むと、子供のような寝顔が目に入る。安心しきって眠る姿が、西浦で野球をやっていくと決めた証のように思えて、ようやく涙が出た。三星に勝ったときに出そうになったものが、ようやく目から溢れ出す。



「れ、く……」



かすれて名前にならない名前を呼んで、廉くんが寝ているそばに座り込む。よかった。本当によかった。廉くんはもうひとりじゃない。ずっとしたかった野球ができている。
ぼろぼろと泣き出す私に気付いたのか、阿部くんがぎょっとしたように見てくる。どうしたらいいかわからず、誰かに助けを求めて顔を左右にふる様は、キャッチャーをしているときとあまりに違って何だかおかしくなる。



「廉、くん、おめでとう。本当によかった。ごめん、ごめんね……」



ごめんという言葉が寝ている廉くんに降り積もる。試合に勝った投手にかける言葉ではないことに阿部くんも気付いたのか、部屋に入ってきた。後ろには栄口くんがいて、泣いている私を見てぎょっと目を丸くする。
さっき阿部くんが助けを求めた相手である栄口くんの後ろには、田島くんもいた。そのままぞろぞろと集まってくる人が次々と驚いて私を見るのに、涙はとまらなかった。



「ごめんって、何」



いつのまにか監督や志賀先生も来ているのに、誰も止めはしない。阿部くんの質問には答えるべきだ。阿部くんは廉くんとバッテリーなんだから。
鼻水をすすりながら、震える口をひらく。鼻声で覇気はなく、ぼろぼろと泣きながらの告白を、誰もみっともないと言わなかった。



「廉くん、のこと、中一のときから、知ってた。だんだん笑わなくなって、目を合わせなくなって、前よりも練習ばっかりしてて、帰ってきても楽しくなさそうで……休まる場所も、なくて。知ってた。知ってたのに、私、何もしなかった……!」
「なんで何もしなかったわけ」
「避けられるようになった、から……一度聞いたときも、何も教えてくれなくて……。怖かったの。私は関係ないって言われるのが怖くて、私は廉くんのこと考えてなかった!それなのにこんなところまで……!」



そのあとはもう言葉にならなかった。後悔と懺悔と無力と祝福が次々に顔を出しては、涙を量産する理由を作っていく。どうして泣いているのかもわからずに泣く私の横に、足音が近付いてきて止まった。顔をあげるのが怖い。



「何言ってんだよ!」
「……た、じまく……?」
「三橋は名字あっての三橋だろ!」



腕を掴んで立たされて、ふらつく足で体を支える。田島くんは服のすそで、少し乱暴に涙をふいてくれた。そうだろ、と同意見を求めて振り返った田島くんは、みんなが頷くのを見て満足そうに笑った。



「な!オレの言ったとーり!」
「で、でも……私、いらない……廉くん、もうチームメイトが……」
「いるって!そんなに不安なら三橋に直接聞けばいいじゃん」



寝ている廉くんを揺り起こしそうな勢いに、慌てて田島くんの服のすそを掴む。止める理由をうまく言い出せない私を見かねたのか、阿部くんが声をかけてくれた。
阿部くんは人の機微を感じ取ることやデリカシーというものを、お母さんのお腹のなかに忘れてきたのかと思うことがあるけど、こういうときははっきり言ってくれるから有難い。それに、そういう人は廉くんと相性がいいと思う。



「三橋、最近寝てないんだ。起きた時に聞けばいいだろ」
「そっか。名字、じゃあまたあとでな」
「うん」



ほっとして頷くと、部屋の空気が変わった。監督が手を叩いて、もう一仕事だと促す。心配そうな千代ちゃんに笑って見せて、仕事にとりかかることにした。
でもやっぱり怖いから、あとで時間があったら千代ちゃんに相談してみよう。だってもう、私の世界の中心は廉くんなんだから。
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