息を吸って、吐き出す。親に頼み込んで、ルリに後押しされて、一人暮らしするために様々な約束をして、ついに西浦に来てしまった。
廉くんが西浦に行くと聞いてから色々考えて、ルリの嫌っている叶くんとも会った。私は廉くんのそばにいる資格なんてない。何がしたいかなんてわからない。でも必死に頼み込んでここまで来てしまったということは、きっと私は自分が思っている以上に廉くんのことが大切なんだと思う。

地図を頼りに野球部が活動しているグラウンドまで歩いて、そうっと覗き込んだ。いろんなところから聞こえてくる部活動の声にまぎれてわからないけど、確かにボールの音がする。



「……廉くん」



マウンドには、廉くんがいた。野球をやめるって聞いたけど、やっぱり離れられなかったんだ。そのことにまず一安心して顔を上げると、ちょうど坊主らしき人が廉くんの投げた球を空振りするところだった。
そののち女の人によるケツバット、甘夏つぶし。完全に出るタイミングを失ってうろうろする私を発見したのは、ケツバットをした監督だった。ぐんぐん近付いてくるのに怯えて逃げようかと思ったが、足に力が入らない。



「あなた、マネージャー希望?」
「ひっ……!あ、あの、何もわからないです、けど、それでもいい、なら……!」
「大歓迎よ!」



甘夏を握りつぶした腕に掴まれるのは、はっきり言って緊張する。ずるずると引きずられて選手たちの前に放り出された私の目に映るのは、まだ泣いている廉くんだった。ぱちぱちと瞬きして私を見つめて、相変わらず乱暴に目をこする。



「名前、さん……?」
「廉くん、あの……」
「知り合い?」



監督に聞かれて頷く。知り合い程度だったら肯定しても、いいよね。廉くんがふらりと立ち上がって私の前に立つ。珍しく私をまっすぐ見てくれているのに、見つめ返すことが出来なかった。
あまり話したこともない、友達のいとこを追って同じ高校に入るのが、世間ではなんと呼ばれているか知っている。嫌われるのが怖くてぎゅうっと目をつぶると、廉くんがたどたどしく尋ねてきた。



「名前さん、も、野球部入る の?」
「あ、うん……い、嫌、かな」
「い、嫌じゃない!」
「ほ、本当に?」
「ほ んと!」
「一緒の、学校は……嫌?」
「嫌じゃない!」



廉くんのまっすぐな言葉に顔をあげる。言葉も顔もまっすぐ私に向けられていることを感じて、なんだか泣きたくなった。廉くんに何かあったのがわかってて3年間放置した私に、なんでそんなことが言えるんだろう。
泣きそうになるのをごまかすために、さっき監督が言っていた練習試合のことを持ち出す。鼻がつんとするのは、気付かないふりだ。



「三星と練習試合、だね」
「ひっ……!」



途端にびくりと怯えてうずくまり、目も合わさなくなった廉くんに、キャッチャーの人のため息が覆いかぶさる。うずくまってぶるぶる震える廉くんの前に座って、手を伸ばした。服や靴下が汚れるのなんか、気にしていられない。
廉くんにさわったことなんかないけど、それでも、私は変わるためにここに来た。今度こそ廉くんを守るために、ここまで来たんだ。



「……私も、怖いよ。惨めな自分を、突きつけられるみたいだから」
「うっ……名前さ、ちが……」
「私は廉くんよりも弱虫で何も出来ないすごく嫌な奴だけど、今度は廉くんを守れるように頑張るから」



夕暮れでオレンジ色に染まった髪が、綺麗だと思った。私の声にぴくりと反応した廉くんは、そろりと顔を上げる。伸ばされた手に気付いてまたびくりと体を揺らす廉くんに、出来るだけ気持ちが伝わるように言葉を選んだ。



「私だけは、ずっと、中学のときから、廉くんの味方だよ」
「……う、そ」
「嘘じゃないよ。これからも廉くんの味方だから、大丈夫だから。廉くんがすごく頑張ってるの、知ってるよ。試合になったらマウンドに上がることも、知ってる。だから、投げよう」
「う でも……」
「野球、好きでしょう?」



その問いかけにだけは、廉くんはためらわなかった。すうっと目に光るが宿るのを見て、伸ばした手を戻すか迷う。廉くんにさわりたい、けど、嫌がられるかもしれない。悩んだすえ、立ち上がれるように廉くんの背中をやさしく撫でる。私の手を借りずにふらりと立ち上がった廉くんは、出会ったときより背が高くて、もう私の背なんてとっくに越えてしまっていた。

それからキャッチャーの人……阿部くんというらしいが、いい印象をまったくもたない阿部くんと廉くんは練習を始めてしまった。すこし投げるだけと言っていたのにずいぶんと熱が入っているのは、気のせいなんかじゃないと思う。
廉くんを独り占め出来ていいなあというじっとりとした視線を送っていると、後ろから声をかけられた。びくりとして振り向くとそこには男子が数人いて、思わず体が固まる。



「オレ、栄口って言うんだけど。同じクラスだったよね?」
「え……そう、だっけ?」
「1組じゃない?」
「うん……ごめん、人の顔覚えるのが苦手で……」
「いいって。名前聞いてもいい?」
「あ、名字名前です。野球のことあまり詳しくなくて、マネージャーもやったことないけど、精一杯頑張ります!」



これは本当。中学のときみたいな後悔をしないように、私はここで精一杯頑張る。どんなことがあっても、廉くんの味方でいるんだ。それを伝えるんだ。
グラウンドが、夕日が落ちかける前の一番濃いオレンジ色に照らし出される。そのなかで一番高いマウンドでまるで主人公みたいにボールを投げる廉くんは楽しそうで、ようやく心がすとんと落ち着くのを感じた。
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