少し濡れてしまった大和田くんの学ランを洗っていいものか悩みながら、食堂でぼんやりと二人が出てくるのを待つ。いつもよりゆっくり食べた朝食はすでに体に消化されてしまっていて、動こうと思えばいくらでも動けるのに、どことなく怠い気がして動けない。もしかしたら、まだセミヌードを見られたショックが抜けきっていないのかもしれない。
もう乾いている学ランは、大和田くんのにおいがした。男っぽくて無骨で、大事にされていることがわかる服。洗濯したら刺繍がほどけるかもしれないと洗うのを躊躇いながら、刺繍を指でなぞった。



「あれー?それ大和田のじゃん」
「江ノ島さん。どうしたの?」
「なんか小腹すいてさー。それよりどしたの、それ。夜這いでもした?」
「しっ、してないよ!」



江ノ島さんはけらけらと笑いながら、わかってるって、と長く赤い爪で目元をぬぐった。そこまで笑わなくてもいいのに。少し膨れながら、緊張する心臓がゆっくりと動くことを願った。江ノ島さんが怪しいなら、ボロを出しちゃいけない。出来るかはわからないけど。



「で、ホントにどうしたの?」
「なんか色々あって……まだ自分でも把握しきれていないっていうか」



江ノ島さんはわかったようなわかっていないような、興味があるようなないような顔で頷いてから、ちょっと待ってて、と席を立った。すぐに帰ってきた江ノ島さんの手には、オレンジと包丁が握られている。お皿とオレンジを机に置き、江ノ島さんは長い爪で器用に皮を剥いた。



「食べるっしょ?二つ持ってきた」
「ありがとう。皮剥くの上手だね」
「まあね。これくらい出来ないと死ぬし」
「えっ、死ぬの?」
「食料を現地調達する時って、捌いて料理出来ないとさぁ、飢え死にするじゃん」
「モデルって大変なんだねえ」
「モデルになる前の話だけどね。はい出来た」



綺麗に皮が剥かれたオレンジが二つ、お皿に転がされる。お礼を言ってからオレンジを二つに割り、かぶりついた。甘酸っぱいオレンジが口のなかで弾けて、さわやかな香りが口いっぱいに広がる。江ノ島さんもオレンジを頬張りながら、にっこり笑った。



「意外と男っぽい食べ方じゃん」
「江ノ島さんも」



二人で顔を見合わせて笑って、またオレンジに齧り付く。そのままオレンジを片手に、江ノ島さんとぽつぽつと色んなことを話した。ここへ閉じ込められたとわかったときの絶望とか、モデルならではの裏話とか、自分が安く見られがちなことが嫌だとか。想像以上に話しやすい江ノ島さんは、髪の毛を長い指にくるくると巻きつけながら、伏し目がちにため息をついた。



「すぐヤれるとかさぁ、そんなふうに見られるのマジ勘弁なんだけど。貞操を大事にするタイプだし」
「女の子なら誰だってそうだよね。江ノ島さんをそんなふうに見るなんて、大した男じゃないんだよ」
「でしょ?でも、そういうのばっか寄ってくんだよね」



江ノ島さんはエロカワイイし、そういう目で見る人もいるんだろう。そのギャップがいいんだと思うけど、と言うと、江ノ島さんはにっかりと笑ってお礼を言ってきた。それに首を振って話を続けようとしたとき、食堂に靴音が数人分響いた。それと共に暑苦しい声も。



「ははは、さすがは兄弟!言うことが違うな!」
「兄弟こそ、なかなかやるじゃねえか。さすが兄弟だぜ!」
「あ、名字さん、江ノ島さん」



お互いを兄弟だと言って肩を組み笑う大和田くんと石丸くんの後ろで、苗木くんが申し訳なさそうに眉を下げる。私の気のせいじゃなければ、数時間前まで二人は言い争っていたはずだ。それがどうなってこうなった。
笑う二人から離れてこっちに来た苗木くんは、二人がサウナから出てきたらこうなっていたと教えてくれた。うん、全くわからない。



「今日はいい日だなッ!兄弟、二人で昼食としようじゃないか!」
「そうだな兄弟!」



こんなに笑顔の大和田くんを見たのは初めてだ。馬鹿らし、と呟く江ノ島さんに、苗木くんが苦笑する。そうこうしているうちに朝比奈さんと大神さんが来て、朝比奈さんが容赦なく「気持ち悪い!」と怯えていた。それが正しい反応だろう。
そんな周囲の様子に気付くこともなく上機嫌で言葉を交わしている二人に、苗木くんが恐る恐るというように話しかける。私ですらこの衝撃映像に忘れていた原因を突きつけられた二人が、顔を真っ青にした。



「で、結局さ……どっちが責任をとることになったの?」
「なっ……!」
「がっ……!」



……忘れていたわけね。じっとりとした目で二人を見ると、青ざめた顔で目を泳がせた。苗木くんはしまったという顔をしているけど、むしろファインプレーだろう。責任をとってもらいたいわけじゃないけど、セミヌードを見たのを忘れて二人で上機嫌になるなんて、それはないじゃない。



「ふうん?忘れてたんだ。別にいいよ、忘れるほどの体だったってことだし……初めてだったけど……もういいよ」
「何!?名字ちゃん何かされたの!?二人ともサイッテー!」
「あ、だから大和田の服持ってたんだ?女の子襲うとかマジサイテーじゃん」
「生かしておけぬ……!」
「ま、待て!忘れてたわけじゃねえ!なっ、兄弟!」
「そ、そうだとも!よし、もう一勝負といこう兄弟!」
「よし、今度はちゃんと見届けろよ!行くぞ苗木!」
「えっ、ボクも!?」



逃げるように食堂を後にした二人と、引きずられていった苗木くんの背中を見送って、私のために怒ってくれている三人にお礼を言う。そのまま昼食を四人で食べながら、簡単にあったことを説明する。相変わらず怒っている朝比奈さんと、今にも飛び出しそうな大神さんをなんとか宥めて、四人でドーナツパーティと洒落こむことにした。
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