ぼうっとした頭に流れ込むモノクマのアナウンスで、今日も朝が始まったのだとぼんやりと目を開けた。眠たさではっきりしない頭を振って、もう一眠りしようかと誘惑に負けそうになりながらも、空腹を訴えるお腹に負けて起き上がる。
浴場の脱衣所で服を着替えて顔を洗い、そこで昨日モノモノマシーンで当たったものを入れた袋を持ってきていることに気付いた。そういえば二つ目は何が当たったんだろう。オブラートよりはマシなものだったら何でもいいと袋を開けると、ころんとスイッチのようなものが出てきた。



「……トリビアの泉?」



これを押したら「へえー」とでも鳴るのだろうか。懐かしいテレビ番組を思い浮かべながら生徒手帳を開く。確かマシーンで当たったものの説明が見られるページがあったはずだ。
二つしか埋まっていないページをひたすら見ていくと、一番下にハテナ以外の文字があるのを見つけた。モノモノマシーンの中にあるはずのない文字に、心臓が嫌な音をたてて跳ね上がった。



「……脱出スイッチ」



何故こんなものが、モノクマの用意したマシーンの中に。すぐに罠という考えが頭をよぎり、絶望を好むモノクマが考えそうなことだと納得する。
──でももし、本当に脱出できるなら。みんなは出たがっている。けど、これもさらに絶望させるための布石なのかもしれない。
どうするべきかわからない。もし仮に本当に脱出出来たとして、みんなは出て行ってしまう。でも、私は?学級裁判がおこらないと、タイムマシンが置いてある階に行けない。でも誰かが死んでほしくなんてない。じゃあみんなが脱出したら、私はここで、一人ぼっち?
目に痛い配色の校舎のなかで、窓もない教室の中で、一人で死ぬまで生活することを想像してゾッとする。そんなことになるくらいなら、死んだほうがマシなんじゃないだろうか。考えのまとまらない頭のまま、モノクマに見つかる前にと脱衣所のロッカーのなかにスイッチを隠した。一緒にタオルなどを入れて、一見しただけではタオルしか入っていないように見せる。



「……お風呂、入ろうかな」



嫌な汗をかいたし、食欲は一気になくなった。お風呂に入ってさっぱりしたら、いい考えも浮かぶかもしれない。現実から逃げるように服を脱いで、湯気のたちこめるお風呂場のタイルを踏んだ。
体を洗って、広い湯船に浸かる。朝風呂というと聞こえはいいけど時計でしか時間がわからないから、本当は夕方だとしてもわからない。暗く沈んでいこうとする思考を引きずり上げるように、勢いよく湯船から立ち上がった。よし!霧切さんがいたら相談しよう、そうしよう!

ようやく少しだけ前進した考えと体が冷めないうちに上がろうと、タオルを体に巻きつける。いまなら霧切さんも朝食を食べているかもしれないから急がないと。脱衣所に向かって歩き出した途端、言い争うような声が聞こえてきた。それらはだんだんと大きくなり、止める間もなく浴場のドアを開け放った。



「サウナで決着をつけてやらぁ!」
「望むところ、だ……なっ、ななな!」
「……大和田くんと、石丸、くん」



服を着たままの大和田くんと、タオルを巻きつけただけの石丸くんの目が丸く見開かれる。私も驚いた顔のまま固まり、時間が止まったような数秒が流れた。
時間を動かし始めたのは、苗木くんだった。いつまでたってもお風呂に入らない二人を疑問に思ったらしい苗木くんは、服のままひょっこりと顔を出して、私を見て真っ赤になった。



「名字さん!」
「な、苗木、く……きゃ……きゃああああ!」
「うわああああ!ごめん!」
「うおおおおお!わっ悪い!」
「名字くん!ふしだらだ!何故服を着ていない!」
「風呂場だからに決まってんだろうがぁ!顔真っ赤にして言う台詞じゃねえぞ!」
「ふっ服を着たまえ!破廉恥だ!」



じゃあそこをどいて、という言葉は、石丸くんの破廉恥という言葉と苗木くんの謝る声によってかき消された。こんなどうしようもない体を、タオル越しとはいえ見られるなんて、死にたい。
タオルと腕で出来るだけ体を隠していると、大和田くんが近付いてきた。立派な刺繍が入った長ランを脱ぎ、私の肩にそっとかけた。慣れない手つきと、真っ赤になって視線を逸らしている姿は、まるで初心なようだ。



「それ着とけや」
「あ、ありがとう……でも濡れちゃう、よ」
「構わねえ。外出とくから、服着とけ。……悪かったな」



さり際に小さな声で謝られたのに驚いて顔を上げる。暴走族だなんて肩書きからは想像できないほど女に慣れていなくて、初心で、自分から謝れる素直な一面があるのは、きっと気のせいじゃない。
静かに閉まるドアを数秒見つめてから、ゆっくり歩き出した。恐る恐る覗いた脱衣所には誰もおらず、急いで着替えて外に出る。そこには、長ランを脱いだ大和田くんと腰にタオルを巻いただけの石丸くん、服を着ている苗木くんが廊下に正座していた。その三人が、私の姿を見た途端がばっと頭を下げてきたのに驚く。



「名字さんごめんなさい!は、入ってるって思ってなくて、その……!」
「どう言い訳しようと、オレらが悪い。嫁入り前なのに、すまねえ!」
「本当に申し訳ない!これでは風紀委員だなんて名乗れない!名字くん、僕が責任を取る!」
「はぁ!?何言ってんだオメー!せっ、責任を取るのはオレだゴラァ!」



どちらが責任を取るかでヒートアップしていく石丸くんと大和田くんのあいだで、苗木くんは二人をなだめようとおろおろしながら困っていた。責任を取るって……そりゃ見られてショックだったけど、それは謝ってもらえば済む話だ。責任を取るだの何だのという話に発展するのは、少しいきすぎじゃないだろうか。



「日本では重婚は許されていないぞ!そうか、君は馬鹿だったな!」
「それくらいわかってらぁ!っつーかまた馬鹿っつったな!よォし、サウナで勝負だ!どっちが責任をとるか、白黒はっきりつけてやる!」
「望むところだ!君には負けん!」
「オレが責任取るつってんだろ!オメーには渡さねえぞ!」



燃え上がる二人は、私の意見など聞きもしないでお風呂場に戻っていってしまった。残された苗木くんと二人、突然訪れた気まずい沈黙のなかで顔を見合わせる。本当に申し訳なさそうな声でもう一度苗木くんに謝られ、首を振って怒っていないことを示す。
別にもう怒ってないよ。あの二人を止めてくれさえすれば。
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