朝ごはんを食べ終わったあと、石丸くんの言うとおり髪の毛を乾かしに浴場へ戻る。もう半分乾きかけている髪にドライヤーを当て、ブラシで整えた。
……卒業式、明日だったのにな。言ってもどうにもならないことを心のなかだけで思ってから、小さく丸めて投げ捨てた。見ないことにするのが一番だ。そのまま廊下を出ると、苗木くんとばったりと出会った。会ったばかりだというのに私を見て人の良さそうな笑みを浮かべてくれる彼は、きっと優しいのだろう。



「お風呂入ってたの?」
「うん。苗木くんは何してるの?」
「んー……実は昨日、あんまり探索できていなくて。ちょっと見て回ってるんだ」
「よかったら一緒に行ってもいい?私もよく知らないんだ」
「うん、一緒に行こう」



苗木くんは快く了承してくれ、並んで歩き始めた。もし記憶を奪われていたとしても、苗木くんたちが私より年下であることに違いはない。なんとなく若さを感じながら、解放されているところが少ない校舎を見て回った。階段には相変わらずシャッターがおりているし、部屋も開いているところは少ない。
何かヒントはないかと教室をくまなく探している途中、指に何か固いものがふれた。そっと机のなかから取り出して電気に当てて見る。……モノクマが彫られたコイン?



「あ、それモノクマメダルって言うらしいよ」
「モノクマメダル?」
「購買にモノモノマシーンっていうのがあって、それを回すのに使えるんだ。いろいろ当たるみたいだよ」
「そうなんだ……もしかして着替えとか当たるかな?」
「それはどうだろう……行ってみる?」
「うん!」



霧切さんに借りっぱなしなのも悪いし、着替えくらい用意してくれていたらいいのに。モノクマに文句を言いながら苗木くんと並んで購買に行き、モノモノマシーンの前に立った。ガチャポンのようなそれにコインをいれると、カプセルが飛び出してきた。



「何が当たったの?」
「……オブラート」
「……はは」



何とも言えないと苦笑いをする苗木くんの気持ちが痛いほどわかる。これほどいらないものもないとオブラートを見つめてから、メダルを一枚苗木くんに渡した。きょとんとする苗木くんに、メダルをモノモノマシーンに入れるよう促す。



「超高校級の幸運でしょう?いいのが当たるかも」
「ええ!?ボクはそんな大したものなんて持ってないよ!」
「いいから、ほら」



苗木くんの手を動かしてメダルを入れさせると、機械が震えだした。何が出てくるかを見届ける前に、私たちの視線は大きな音がした廊下へと向けられる。ゴンゴンと壁を蹴っているような音に、苗木くんが様子を見にドアへと駆け寄っていく。ちょうど出た景品とオブラートを近くにあった袋に入れて、慌てて後を追う。そこには、怒るモノクマと怒られている桑田くんと大和田くんがいた。



「校舎を壊さないでよね!これ以上すると校則を追加するよ!」
「わーったよ。ちょっと八つ当たりしてただけじゃねえか」
「ここから出たいなら、誰かを殺せばいいんだよ!ボクの今のおすすめを教えてあげようか?」
「いらねえよ!」



大和田くんの怒鳴り声に怯えることはなく、モノクマは残念ではなさそうな声で残念だと言って消えた。無機物が人間のように話したり動いたりすると気持ちが悪いのは何でだろう。モノクマの消えた場所を見つめていると、さっきまで機嫌が悪そうにしていたのが嘘のように、上機嫌で桑田くんが話しかけてきた。



「名字ちゃんここにいたんだ!苗木なんかより俺とすごさねえ?」



悪気なく貶められた苗木くんは、文句を言うでもなくムッとするでもなく、ただ困ったように笑う。なんていうか……本当にお人好しなんだろう。そんな苗木くんに気付くことなく、桑田くんはずずいっと近付いてきた。



「俺、野球チョーうまいんだぜ!今度見せてやるよ。ここを出たらだけどな」
「ありがとう。桑田くんは年上が相手でもいいの?」
「勿論!俺のストライクゾーンは広い……って名字ちゃん、年上なの?」
「翌日に卒業式って時に来ちゃったしまだ高校生には違いないんだけど、春から大学生の予定だったよ」
「マジかよ!」



大和田くんと苗木くんも驚いたように私を見てくる視線がくすぐったい。桑田くんは目を見開いたまま私を上から下まで眺めて、大きく頷いた。



「全然オッケー!」
「じゃあここを出たら、野球見せてね」
「おう!よし、そのためにも出口探すか!行くぞ苗木!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」



首に手を回され強制的に引きずられていく苗木くんは、今にも転びそうだ。苗木くんが転んだら桑田くんは……助けなさそうだな。
はらはらしながら二人の姿を見送って、ふと横を見ると大和田くんが二人の後ろ姿ではなく私を見ていることに気付いた。視線が絡み合って、大和田くんが気まずそうに視線を逸らす。何かしてしまっただろうかと不安になって自分の行動を振り返っていると、大和田くんが言いにくそうに口を開けた。



「……年上、だったんだな」
「うん。意外?」
「意外っつーか、ここにいんのは新入生とばっか思ってたからよ。……オレ、敬語とか慣れてねえし」
「別にいいよ、今更だし」
「けど兄貴に、年上は敬えって……まあ族以外とか、尊敬出来る奴限定だけどな」
「じゃあ余計に気にしなくていいんじゃない?」
「だってオメー、落ち込んだり立ち止まったりしてねえじゃねーか。オレだって八つ当たりしてんのによ」
「うーん……少しだけ長く生きてるから、そのぶん隠すのが上手なだけじゃないかな」



それに、私だけが知っていることもある。何も知らずに閉じ込められたと勘違いしている人と、真実を知っているかもしれない私とでは、大きな差がある。不器用に弱音を吐く姿は、まさしく高校に入ったばかりの初々しさだ。それにプラス2年かもしれないけど。
立派なリーゼントに届くように、精一杯背伸びをしてそのふさふさした髪の毛にふれた。凝視してくる顔は驚いてはいるけど、怒ってはない。



「大和田くんもよく頑張って耐えてるよ。偉いね」



よしよし、と何度もなでると、その頭がだんだんと下がってきた。本人は顔を隠しているつもりかもしれないけど、私のほうが背が低いせいで隠しきれていない。唇を引き結んで何かを噛み締めるような顔に、そうっと手を離した。



「いきなりごめん。嫌だったね」
「……んなこと言ってねー」
「ん、そっか」
「兄貴にしてもらったことを、思い出しただけだ」
「そっか」
「子供扱いすんじゃねーよ」
「してないよ」
「……そーかよ」
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