窓がないため朝だと実感が沸かないまま、目覚ましによって起こされた。顔を洗って、スカートではなくパンツスタイルにしたスーツの下に、ばっちりキャミソールを着てネクタイをしめる。胸元がきついので、ボタンは少し外した。化粧もばっちりしたし、今日も一日張り切っていきましょう!

気合をいれて仕事場に入って挨拶をすると、すでに来ていた六合塚さんと征陸さんに二度見された。常守さんに確認はしたけど、シャツのボタンを外しすぎたかもしれない。問題があるかと聞けば、一拍おいて六合塚さんの涼やかな声が聞こえた。



「化粧をしたから、誰かわからなくて」
「ああ、よく言われます。化粧詐欺だって。顔が変わるでしょう?」
「ええ、昨日までそんなに目が大きくなかった気がするけど」
「化粧です。これでも控えめにしたんですけど、派手ですか?」
「いえ、そういうわけじゃないわ。ただ驚いただけで」
「昨日はすっぴんで恥ずかしかったんだから、そんなこと言わないでください」



髪もきちんと巻いてきたし、化粧もした。久しぶりに睫毛の重さを感じながら視線をあげると、まだ驚いている征陸さんと目があう。そんなに驚かれるとさすがに傷付くんだけどな……。



「あの、苗字です」
「……いや、それはわかってるんだが……驚いた、女は化粧で変わると昔から言われてたんだが、ここまでとはなあ」
「その代わりすっぴんでは人に会えなくなりますけどね。征陸さんは化粧する女は嫌いですか?」
「いや、どっちの嬢ちゃんも嬢ちゃんだろう。気にすることはないさ」



優しく笑いかけてくれるのに笑い返して席に座る。昨日教えられたことの復習をしながら始業時間を待っていると、きっかり五分前に宜野座さんと狡噛さんが入ってきた。おはようございます、と挨拶をするとふたりの動きが止まる。



「……誰だ、貴様は」
「苗字です」
「苗字?昨日はそんな顔をしていなかったぞ!嘘をつくな!」
「苗字です。宜野座さん、そんな真顔で否定されるとさすがに傷つくんでやめてもらえませんか」



宜野座さんは一瞬だけ申し訳なさそうな表情を浮かべたあと、近付いてきて顔を確認しはじめた。腕の機械から化粧をしていない私の写真を出して交互に見ながら、数分後にようやく目を閉じる。同時に私の写真も消えた。



「……骨格、耳の形、声などが苗字と酷似している。どうやら苗字で間違いないようだな」
「そう言ってるじゃないですか」
「女は化粧で変わる、か。潜入捜査も出来そうだな」
「狡噛さんは狡噛さんで失礼ですね」



今のところまともな反応をしてくれた男の人は征陸さんだけだ。ビバ征陸さん。ナイス征陸さん。
征陸さんを褒め称えていると、ピーピーという音が鳴り響いた。何かと驚くのは私だけで、部屋にいる人は素早く動き出す。事件だ、という狡噛さんの言葉で、ようやくこれが事件を知らせる合図だと気付いた。



・・・



「犯人は逃亡中、逃げ込んだ先は廃ビルが立ち並ぶ区域だ。全員で取り掛かる。素早く犯人を撃て」



確か私の役目は、犯罪係数の高い人にこの銃を向けて撃つこと、だったはず。訓練すらしたことがないのにいきなり実践とは、なかなかスリリングだ。
時間ぎりぎりに滑り込んできた縢と常守さんに化粧で驚かれたが、今はそれに構う余裕もない。人を撃つとは、どういうことだろう。偽物さえも持ったことがない手には、黒く大きい銃はあまりにも重たかった。

窓もない車で運ばれた先は、鬱々とした雰囲気の暗いビルと路地裏が支配する場所だった。犯人を見つけ次第撃てと繰り返し言われて、どうすればいいかもわからないまま征陸さんと六合塚さんと一緒に行動する。ベテランの空気を漂わせる二人に私のお守りをさせるということだろう。
行くぞ、と言われてビルの中に入る。犯人が見つからないでほしいという口に出してはいけない思いを抱えて走るのは、思ったより苦しかった。



「いたぞ!」



三方向から追い詰め、袋小路で怯えたようにこちらを見る男性は、宜野座さんの言葉にびくりと震えた。それに負けないくらい震える腕で銃を構えれば、頭のなかで声が響いた。犯罪係数310。執行モード、リーサル・エリミネーター。確かこれは、相手を殺してしまうモードだったはず。
目の前の男からはそれほど脅威を感じない。どうしてこんなに犯罪係数が高いかもわからず、構えた銃が知らないうちに下がっていく。思わず口から漏れた本音に宜野座さんが冷たく反応した。



「や……めて。やめて!この人は悪い人じゃない!」
「また勘か。勘など当てにならないと言ったはずだ。ドミネーターが示した数値が正しい」
「またシビュラシステム!?何のために誰が作ったかもわからないものの言いなりになって人を殺したくなんかない!」
「馬鹿なことを言っていないで撃て!」
「嫌!だってこの人は怯えてるだけだもの!こんな機械に人間の何がわかるの!?」
「いいか、お前は犬だ!潜在犯は人間以下だ!言われたことに従えばいい!」
「私は、みんなは犬なんかじゃない!恐怖も覚えず、ストレスも感じず、生きることに苦しみもせず……そして苦悩したら潜在犯で撃たれるなんて、そんなの、そんなの生きてるって言わない!ただ息をしているだけじゃない!」



悲鳴のような言葉が反響して消えていく。私の叫びを最後まで聞いた狡噛さんは、何も言わずに構えた銃を撃った。止めようと走るが間に合わない。手を伸ばした先で男の人は内側から破裂し、肉になって飛び散った。


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