仕事終わり、慣れない環境にへろへろになりながらも常守さんと一緒に出かけることにした。もうすぐ夜になろうという時間帯に外に出ることに宜野座さんは怒ったが、私の何もない部屋を見てさすがに少し不憫に思ってくれたらしい。早く戻るってくるように言われて、久しぶりになる外の空気を吸い込んだ。



「……空気すらまずい……」
「これでも空気を綺麗にする装置が作動してるんですけど……そんなにまずいですか?」
「うん。東京でもこんな濁った空気じゃなかったと思うんだけど……」



自動車に乗り込んで、常守さんが行き先をショッピングモールに設定する。そのまま手を離して運転しはじめるのに驚いたが、いまの時代では車が勝手に動いてくれるらしい。渋滞もなく、事故も滅多にない。シビュラシステム様々だ。どうも信用できないけど、こうして外に出てみればいかに文明が発達したかがよくわかる。
鉛に朱色を溶かし込んだような空の下、車は勝手に走っていく。思ったより早くついた店で家具や日用品を買い込み、ドローンという機械に運ぶのを任せた。家具の組み立てまでやってくれるらしい小型の機械は、顔だけは愛らしさを振りまいていた。



「買ったのを運んでくれるなんて嬉しいけど、運んでる最中に誰かに盗られたりしないの?」
「そんなことをする人はまず色相が濁ってますから、すぐにスキャンに引っかかりますよ」
「だから安全、か」



なんとなく納得いかないし心配ではあるけど、たぶん部屋に帰ったら荷物が置いてあるのだろう。聞けば、いまの時代は鍵すらかけないのが普通らしい。恐ろしい世界になったものだ。色相と犯罪係数というものに頼りきっている。
街を歩く人々は、みなどこかぼんやりとした顔をしているように見えた。生気がないような、ただ流れに沿って歩いているような印象を受ける。危機感のがないというのは、こういうことを言うのだろうか。



「苗字さん、疲れてませんか?」
「え?ああ、大丈夫。こちらこそ仕事終わりに付き合わせてしまってごめんなさい」
「予定もなかったし、気にしないでください。苗字さんさえよければ、お茶でもしませんか?近くにおいしいケーキ屋さんがあるんです」
「わ、甘いもの久しぶり!」



常守さんの提案に頷いて、可愛らしい外見の店に入る。ちりんちりん、と小さな鈴が音をたてて私たちを歓迎してくれた。椅子に座ってどれがいいか悩んで、結局気になったものを全部頼んでしまった。辛党だけど甘いものも大好きなのだ。
注文を終えて可愛らしい服装の常守さんと向かい合って、ケーキが運ばれてくるのを待つ。店のなかは着飾った女の子たちで溢れかえっていた。



「はあ……それにしてもまさかお酒がなくなってるなんて」
「アルコールと煙草は依存性が高いので、摂取している人は少ないんです」
「ビールがない仕事終わりなんて、炭酸の抜けたコーラみたいなものじゃない!」
「店には置いてないことが多いですけど、ネットで買えますよ」
「ほんと!?」



機械を操作してもらいながら、常守さんも使っているというサイトにアクセスする。お酒のカテゴリーを発見して、ビールを箱単位で注文した。今日買えなかった小物もあとで買ってしまおう。ビールだけ注文をしてサイトを閉じると、ちょうどケーキが運ばれてきた。



「いただきます。ん、おいしい!」
「ここの生クリームがまた甘すぎなくておいしいんです!」
「うん!よかった、この時代にもまだおいしいものがあったんだ……!」



食を探求するのは人類の性だ。常守さんの言ったとおり、くどくなく甘すぎない生クリームとスポンジが溶けて口の中を満たしていく。頬を押さえておいしさを表現する常守さんに、ばくばくとケーキを食べる私。おいしさの表現の仕方に若干の差があるが、気にしないでおこう。



「ありがとう常守さん、買い物に付き合ってくれたうえにこんなおいしいケーキ屋さんまで教えてくれて」
「いえ、苗字さんも過去から来て大変でしょうし、何かあったら言ってくださいね!」
「うん」



仕事場に案内される前に会った色気たっぷりな唐之杜さんと、冷静で仕事が出来そうな六合塚さん、一生懸命でまっすぐな常守さん。一番可愛がられそうな常守さんは、私でも応援したくなるほどいい子だった。

そのあと公安局の前まで送ってくれた常守さんは、最後まで嫌な顔もせず付き合ってくれた。また明日、という明るい声に手を振って応える。外より建物のなかのほうが空気が澄んでいる気がするなんて、私はモグラにでもなったんだろうか。
くだらないことを考えながら何とかたどり着いた部屋は、昼間とは違い生活できる空間になっていた。買った家具は組み立てられて指定した位置においてあるし、食材も冷蔵庫の中に入れられている。ビールがないのはきついけど、明日には届くらしいから今日は我慢しよう。



「ええと、これがクッキングマシンだったよね。確か指定したら食事が出てくるんだとか」



早速試してみようと、和食、500キロカロリー、肉多め、と注文してみる。一瞬で出てきたご飯に驚きながらも、取り出して買ったばかりの机のうえに置いた。これは確かに便利だ。あったら活用するに違いない。
いただきます、と両手を合わせて肉を口に入れる。



「……まずい……」


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