あのあと様々な人に根掘り葉掘り聞かれ、出来るだけ正直に答えた。幸いにも宜野座さんや常守さんにお咎めはなく、私も今まで通り執行官として働けることになった。今では何やら、未来と過去を行き来しても通信できる機械を製作中らしい。ろくなことを考えてないな、というのが正直な感想だ。

仕事に戻った二日後、一係部屋の前の廊下を歩いていると勢いよく肩を掴まれた。ぐるりと回された体とともに、視界もぐるぐると回る。



「苗字さん!苗字さんですよね!」
「……冨士崎さん?」
「どこに行ってたんですか!行方不明って聞いて探したんですけど見つけられなくて!怪我は!?何があったんですか!?」
「何があったかは言えないの……ごめんね。でもありがとう。どこも異常はないし、仕事も出来てるから」
「よかった……」



安心して力が抜けたというようにずるずるともたれかかってきた冨士崎さんからは、どれだけ心配したかが伝わってくるようだ。心配して探してくれていたのは申し訳ないし嬉しい気持ちだけど、やっぱり近い気がする。



「あの、冨士崎さん」
「苗字さん!俺、苗字さんのことが好きです!」
「ありがとう。……でも私、好きな人がいるの」
「知ってます!」
「──その人も、私のことを好きだって言ってくれて。だから、ごめんなさい」
「そう……ですか」



一気にしぼんでしまったように見える冨士崎さんは、肩から手を離してくれた。そのまま離れていくかと思いきや、両手はそのまま移動してがっちりと手を握ってくる。なんとか離してもらおうと、まずは控えめに手を動かすが離してくれる気配はない。



「俺、苗字さんのこと頑張って諦めます」
「うん……ごめんね。冨士崎さんの気持ちは嬉しいんだけど」
「わかってます。……だから、最後に」
「え?」



近寄ってくる気配に顔を上げると、やたら近い位置に冨士崎さんの顔があった。慌てて仰け反るが、冨士崎さんは諦めてくれない。咄嗟に仰け反ったせいでバランスが崩れかけた体を冨士崎さんが支えてくれ、顔が近寄ってくる。だっ、誰か助け……!



「そこまでだ」
「征陸さん!」



一係の部屋から出てきた征陸さんは、私から冨士崎さんを引き剥がしてくれた。庇うように自分の背中の後ろへ押し込んでくれるのを、喜んで受け入れる。征陸さんのコートを掴みながら、そうっと顔を出して様子を窺った。



「坊主、ちょいと悪戯がすぎるだろう」
「そうですか?最後にちょっと、髪にさわりたかっただけなんですけど」
「そんなに近付く必要がどこにあるのか、俺にもわかりやすく説明してほしいもんだ」
「好きな人にさわりたいと思うのは自然なことですよ」



ふたりの間にばちばちと火花が散っている気がするのは、気のせいじゃない気がする。助けを求めて一係の部屋を見るが、みんなガラス越しに鑑賞しているだけだった。見世物小屋じゃないぞこの野郎。
どうしていいかわからず狼狽える私に、女神の足音が聞こえた。コツコツとハイヒールを鳴らしながら現れた唐之杜さんは、楽しそうに目を細める。



「面白いことがあると言われて来てみれば……なぁにこれ、いいじゃない」
「唐之杜さんいいところに!助けてください!」
「助けるって……これを終わらせることができるのは名前ちゃんだけよ?」
「わ、私ですか?」
「ふたりの男が自分をめぐって争ってるんだから、勝敗を決めれば終わりよ」
「私をめぐって争う!?そんなことないですよ!」



そんなのドラマや映画のなかだけの話だ。そういう話のヒロインはたいてい綺麗だし、奪い合うに相応しい性格でもある。
必死に否定する私を見て、唐之杜さんはわざとらしくため息をついて頭を振った。ため息をつきたいのは私である。



「あのねえ、この状況で何言ってるの」
「だ、だって!征陸さんがそこまで私のことを好きだなんて……その、有り得ないっていうか……」
「へえ、このぶんだと俺にもチャンスがありそうですね」
「残念だが、そいつはないな」
「ほら、楽しいけどさっさと終わらせちゃいなさいな。私はそのあと名前ちゃんから話を聞くのを楽しみにしてるから」



唐之杜さんに背中を押されて、二人の前に出る。なにをしたらいいかわからないが、唐之杜さんは勝敗を決めればいいと言っていた。そっと征陸さんの腕を握ってから、高々と手を挙げさせる。



「ま、征陸さんの勝ち!」
「……嬢ちゃん……」
「だ、駄目でしたか!?勝敗を決めればいいって言われて、これしか思いつかなくて!」
「苗字さん!俺は!?」
「ふ、富士崎さんは負けです」
「何で!?」
「ええと、あの、征陸さんはとんでもない物を盗んでいったからです!それは私の心です!」



廊下がシーンと静まり返る。ガラスの向こうで縢がお腹をかかえて笑い転げているのを見て、なんとなく殺意がわいた。あとで八つ当たりしてやる。
征陸さんは唖然と私を見たあと、思いきり吹き出した。頭に手を乗せていつもより少し乱暴になでながら、楽しそうに笑い続ける。



「ルパンか」
「……はい」
「そういや俺はとっつぁんと呼ばれてるしな、ちょうどいい配役ってやつだ」
「はい……」
「だがそれじゃ、俺は刑事でルパンになっちまう。そいつもいいが」



ようやく少し笑いがおさまってきたのか、征陸さんは喉の奥で笑いながら、赤くなった私の頬を指先でなぞった。太くて荒れている男の指があごの下まできて、猫にするようにくすぐってくる。



「だが、嬢ちゃんが俺の好意を軽く考えているってのは考え物だ」
「そ、そうですか?」
「ああ。人の女を好きだという男から守るために来たんだ。どう考えればいいか、さすがにわかるだろう」



ひ、人の女……!それだけで酔えそうな言葉にくらくらとしながら、必死に考える。つまり、唐之杜さんが言ったことは間違いじゃなかったということだ。ものすごーく自惚れてもいいということだ。



「……ふ、冨士崎さんに……私を渡したく、なかった?」
「嬢ちゃんにしてはいい線いってるが、正解は半分だけだな」
「半分?」
「ああ。──正解は、誰にも名前を渡したくない、だ」



耳に寄せられた唇から、低く私にしか聞こえない声が紡ぎだされる。がくんと力が抜けた足のせいで座り込みそうになるのを支えてくれながら、征陸さんは私を抱き上げた。抵抗しようにも体に力が入らない。



「ま、征陸さん!」
「ということで坊主、この勝負は俺の勝ちだ。潔く手を引け」
「……苗字さん!俺、また会いに来ますから!」
「え?あ、」
「何度来ても同じだぞ」



まっすぐ見てくる冨士崎さんと、面白そうに成り行きを見守っていた面々が小さくなっていく。このままどこに行くのか少し気になったが、聞くことはせず征陸さんに身を預けた。いまはこの幸せを食むだけで精一杯だ。


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