一気にいろいろありすぎて、今までまともな恋愛というものをしたことがない脳みそが機能停止を起こしている。征陸さんとは話せないでいるけど、ぎこちなくなっていないのがせめてもの救いだ。
この思いをどうするかはまだ決められないけど、ゆっくりあるべき場所へ収まればいいと思う。それまでは辛いかもしれないけど。



「問題は冨士崎さんだよな……」



なんだあの押しの強さは。本当に仕事でストレスを溜めていたのかさえ疑問に思えてくる明るさと強引さは、ある意味尊敬さえする。初めて会う人種に対応できずに飲み込まれ、気付けばいつも向こうのペースのような気がする。これではいけない。これではいけないんだ。

強く拳を握り締め、征陸さんをちらりと見る。一係の部屋には征陸さんと縢と狡噛さんしかいなく、縢がゲームをする音だけが響いていた。ちなみに私は筋トレ実行中である。女の子らしさって何?そんなもの個人の定義でしょ、そうに決まってる。
そう自分に言い聞かせながらダンベルを上げ下げしていると、ふっと廊下を通る人物が目に入った。全面ガラス張りのせいで誰が通ってもすぐにわかる仕様になっているのは、幸か不幸か。きょろきょろしながら歩いている冨士崎さんを見つけて咄嗟に机の下に潜り込んだ。機敏な動きに、縢が不思議そうに覗き込んでくる。



「何?苗字ちゃんどうしたの?」
「もし来たらいないって言って!」
「え?あ、」
「失礼します、冨士崎という者ですが。苗字さんはいらっしゃいますか?」



ギリギリセーフ、ドアの開く音と共に冨士崎さんの礼儀正しい声が聞こえてきて、変な体勢のまま動けずに固まる。床を転がるダンベルは不自然だけど、もしツッコまれたらオブジェとでも誤魔化すことを期待しよう。縢に。



「苗字ちゃんならいないけど。どうしたの?」
「ランチのお誘いに来たんです。これくらいなら許されるだろうと上から許可が出たので」
「残念だったねー」
「ええ、本当に」



本当に残念だ、だから早く部屋から出て行ってくれ。少しでも動くと存在が露見してしまいそうで、息を吸うことさえ満足に出来ない。
出来るだけ体を縮めて出て行ってくれることを祈る私の思いは届かず、冨士崎さんはまた言葉を吐きだした。声は真剣で、部屋にぴんとした緊張が漂う。



「はっきりと言っておきますが、俺は苗字さんが好きです。諦めるつもりはありません」
「へえ?苗字ちゃんが救ってくれたから?」
「それもあります。でも、それだけじゃありません。──ここに来れる三ヶ月のあいだに、頑張って彼女を振り向かせてみせます。征陸さんには負けません!」



失礼します!と勢いよく出ていく足音を、しばらくの間放心して聞いていた。私がいるとは知らなかったとはいえ、なんてタイミングでなんて事を言ってくれやがったんだ。これはもうタイミングがいいとか悪いとかいう問題ではない。
両手を握りしめて立ち上がる。ダンベルを勢いよく踏みつけて、怒りで震えながら背筋を伸ばした。



「冨士崎め……昨日もベッドであんなものを!」
「え、ベッド?」
「許すまじ……!許すまじ冨士崎!」
「ちょっと苗字ちゃんベッドって何?」



ダンベルを足の裏に感じながらクラウチングスタートの姿勢をとる。今こそ筋トレで鍛えた腕力と脚力を使うとき!
頭のなかで鳴ったピストルの音と共にスタートする。廊下を出て、遠くにいる目的の背中を見つけて全力疾走、何事かと驚いて振り向いた肩を掴んで揺さぶった。



「ちょっと冨士崎さん!なんであんなこと言ったのよ!」
「苗字さん?いなかったんじゃなかったんですか?」
「ちっ、違う部屋にいたの!それより何であんなこと言ったの!よりによって征陸さんの前で!」
「征陸さんの前だからです」



静かに決意をにじませた目と、愛情を伝える声。優しい手つきで乱れた髪を整えられ、慌てて手を離して後ろに下がる。そんな行動を怒るでもなく苦笑しながら受け入れてくれる人は、前に会ったときとは確かに違っていた。



「自分に出来ることはしたいんです。シビュラの言いなりじゃなく、逆らうばかりでもなく。苗字さんが教えてくれたことです。……俺は、俺が出来ることを全力で頑張ります」
「でも!」
「俺の思いは否定しても、俺の行動は否定しないでください。苗字さんが実践していることじゃないですか」
「そ、そうだけど、」
「苗字さんのように、俺も強くなりたいんです。いまは苗字さんの行動を真似するだけですが、いつかそれが自分の考えになるような男になりたい。そんな振る舞いをするに相応しい人間になりたい。──すべて苗字さんのおかげです」
「……冨士崎さん、」
「だから諦めません。また明日、誘いに行きますから」



どんなことを言えばいいのかわからないのに、笑って去っていく冨士崎さんを止めることなど出来やしない。角を曲がって姿が消えてからもしばらく見つめ続けたあと、のろのろと歩き始めた。あんなふうに決意をした人の前では、ぐらぐら揺れている自分が恥ずかしく見える。

一係の部屋に入ると、気になっていたらしい縢が飛んできた。腕を引かれるまま椅子に座る。



「どうだったの苗字ちゃん。何か落ち込んでない?」
「うん……なんか……いま思えば丸め込まれた」
「はあ?あんなに怒って追いかけてったのに?」
「自分が出来ることはしたいって言われて……それ否定しちゃったら自分の頑張りも意味ないような気がして」
「で、結局は?」
「三ヶ月の間頑張るって……」



縢のため息に泣きたい気分になる。何が自分に出来ることをしたいだ。綺麗事を振りかざしていい気になって、結局は自分のことしか、目先のことしか考えられない。私はちっぽけな人間だ。



「そういえば苗字ちゃん、ベッドで無理やりって何?」
「え?ああ、冨士崎さんが薬作ってくれて……見るからに不味そうだから飲みたくなかったんだけど、飲まないのも失礼だったから」
「危ない薬じゃねえの?」
「二日酔いの薬だってば。でも、苦くてどろどろしてて白くてまずかったよ」
「……ねえ、それ本当に薬?」


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