今日の仕事は散々だった。集中出来ないしミスは多いし、やる気もでない。宜野座さんに散々怒られた仕事終わり、ぐでっと机に突っ伏した。なんかもうこのまま消えてしまいたい。
ぼうっとしている間に縢と私しかいなくなってしまった部屋に、換気扇のまわる音が響く。帰りたくない。でもここにいたくもない。ため息を量産し続ける私を見かねたのか、縢がゲームをする手を止めてこちらを見た。
「今だから言えるけどさ、苗字ちゃんはとっつぁんのことが好きだと思ってたよ」
「……そう見えた?」
「泣き言はとっつぁんに関することだけ、一喜一憂するのもとっつぁんの言葉だけ。苗字ちゃんは無意識っぽかったけど」
「か……縢ぃ……」
「え?うわっ!なんで泣きそうになってんの!?まさか図星?」
「や、やけ酒する……!付き合って!」
勢いよく立ち上がって縢の腕を取る。慌ててセーブをした縢は、ゲームを置いて立ち上がってくれた。
泣きそうになるのを堪えて廊下をずんずんと進む私の頭に、縢の手が乗る。年下のくせに、生意気で嫌味を言うくせに、それは征陸さんだけがしてくれることなのに。歪みそうになる視界に映るものすべてを睨みつけて、足で床を踏みにじりながら歩く。早く、早く部屋に戻らなくちゃ。これ以上醜態を晒す前に。
・・・
「うー……頭いた……」
出勤が夕方からで良かった。昨日縢と散々飲んで愚痴を言って、ワインを三本開けたあたりから記憶がない。痛む頭に気持ち悪さ、これは紛れもなく二日酔いだ。
二日酔いの薬……そういえばここに来てから買ってなかったっけ。ぐらぐらする頭を動かさないようにしながらベッドから這いずり出ると、部屋のチャイムが鳴った。
「はい……。って、征陸さん!あいた!」
「おはようさん。確かに酷い顔だな。シュウに言われてな、二日酔いの薬を持ってきた。苦いがよく効く」
「あ、ありがとうございます……」
喋れないのを二日酔いのせいにして、気まずい空気を飲み込む。何か話したい。いつもみたいにたわいのない話をして笑い合いたい。でも、薬を届けるという目的を果たした征陸さんにそんなことを言えるはずもない。
自分の気持ちをぐっと飲み込んで、せめて笑顔でお礼を言おうと顔をあげたとき、私を呼ぶ声が聞こえた。聞きなれない声に征陸さんの後ろを覗き込む。そこには、まさかの冨士崎さんがいた。
「苗字さん!やっぱり苗字さんですね!お久しぶりです!」
「……冨士崎さん?どうしてここに……」
「どうしてって……手紙読んでないんですか?」
「読んだけど、こんなに早く来るなんて思ってなくて」
「いま働いている会社が、公安局のメンテナンスをすることになったんです。部屋の改築とかも。俺は三ヶ月いる予定です」
「そうなんだ……いたた」
「あれ?どうしたんですか?」
「二日酔いなの」
このぐいぐい来る感じ、間違いなく冨士崎さんだ。はきはきとした言葉が大きく響き、頭がずきずきと痛む。部屋の前に立っていた征陸さんを押しのけ、冨士崎さんは心配するように私の額に手を当てた。
「俺、二日酔いによく効く薬知ってるんです。すぐに出来るから作りますよ」
「え?いや、そこまでしてもらわなくても……いま薬もらったところだし」
「でもその顔だと、頭もかなり痛いでしょう?大丈夫、俺に任せてください!」
「じゃあ嬢ちゃん、俺は帰るぜ。お大事にな」
冨士崎さんのことには何もふれず、征陸さんは背を向けてしまった。今までの征陸さんなら、男が女の部屋に入るなんて、と言いそうな場面なのに何も言わない。
部屋に入ってくる冨士崎さんを止めることも忘れて、去っていく征陸さんを見つめる。ドアの向こうに消えた背中は、ついに振り向いてくれることはなかった。
「横になっててください。クッキングマシンのものに少し加えるだけで出来ますから」
「……うん」
「すこしでも助けられたお礼になるといいんですけど」
「なってるよ、ありがとう」
何も考えたくなくてベッドに倒れこむ。薬を飲んで、すこしでも体調を良くしておかないと。材料借りますね、という声に手をひらひらとさせて答えた。どうも冨士崎さんは、タイミングが悪いときに現れる体質らしい。
痛む頭と泣きそうになる気持ちと格闘して数分後、出来上がったらしい薬を手渡された。白くてどろどろしていて、牛乳のようだけど牛乳じゃない。
「……これ、薬?」
「はい!栄養ドリンクなんですけど、それにアルコールを消化するものを入れてます」
「まずそう……」
「まずいですけどよく効きますから。一気に」
どうも飲むのを躊躇われるが、せっかく作ってもらったものを飲まないのは失礼だろう。良薬口に苦し、女は度胸!
ぐいっと飲み干すと、独特のどろっとした液体が喉を滑り落ちていくのを感じた。文句なしにまずい。そして気持ちが悪い。
「しばらく横になったら効いてきますから」
「うん……ありがとう」
「こちらこそ、本当にありがとうございました。俺、あのあと会社をやめて、新しいところに入社したんです」
「今度は色相が濁ったりしてない?」
「はい!苗字さんのおかげです。それで……あの」
冨士崎さんの目に真剣な光が宿る。真面目な空気に釣られて体を起こすと、寝ていていいと寝かされてしまった。ベッドに逆戻りした頭が、いまの動きでぐらぐらと揺れる。ついでに今さっきの薬で吐きそうだ。
「俺、苗字さんのこと、諦めきれませんでした」
「……はい?」
「いまから三ヶ月間、死に物狂いで頑張りますから!よろしくお願いします!」
がばっと頭をさげて、真っ赤な顔で走って出て行ってしまった冨士崎さんを、ぽかんと見送る。
……え?私のことまだ好きだったの?というか、好きだと勘違いしてるんじゃなくて?
「……ええー……」
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