「唐之杜さん、どうしたんですか?そんなに驚いて」
「どうしたって……名前ちゃん気付いてないの?泣いてるわよ」
「え?泣く?」
「ああもう、ほら」



唐之杜さんに優しく引っ張られ、分析室へと連れて行かれる。泣いていると指摘されようやく気付いた涙を止める気力もなく、ぼろぼろと泣きながら子供のように腕を引かれて歩いた。
胸が痛い理由。征陸さんが過去を話してくれた理由。それはきっと突き詰めれば単純なことだ。自分でも気付かないうちに育っていた思いに征陸さんが気付いて、気持ちがこれ以上大きくならないようにと釘を刺したんだ。



「もう、どうしちゃったのよ。何があったの?」
「すっ、好きな人が、出来てたん、です。でも私、それに気付かなく、って、でも、相手は気付いてて……ううっ」
「また好きになっちゃいけない人を好きになったの?」
「みたい、です。それで、振られてから好きだったことに、気付いて……私……!」
「好きなだけ泣きなさい。失恋した女の子はね、優しくされてもいいって法律があるのよ」



優しくなでられる手に、思いきり泣く。私は征陸さんが好きだったんだ。気付かないうちに、気付いてからも、こんなにも。征陸さんにあんなことを言わせるなんて、明日どんな顔をして会ったらいいんだろう。
好きだなんて気付きたくなかった。でもこれ以上気持ちが大きくなったら、自分でも持て余してしまう。どうしていつも好きになっちゃいけない人を好きになってしまうんだろう。そんな人を感知するセンサーでもついているのだろうか。



「で、相手は誰なの?」
「……え?」
「それくらい聞いたっていいでしょ」
「え、と……そ、その……」
「一係の誰かでしょ?んー……慎也くん?」
「狡噛さん!?ち、違います!えっと……ふ……冨士崎さん」



一係の人以外で深く関わったことがあるのは冨士崎さんくらいだ。目を泳がせながらなんとか絞り出した名前に、唐之杜さんは煙草の煙を吐き出して赤い唇を釣り上げた。



「ふうん?」
「あ、あの、あの後も連絡をとってて、それで……あの、何でか気付かれたみたいで」
「で、名前ちゃんはどうしたいの?」
「……忘れなきゃいけないと、思ってます。でも振られたのと恋に気付くのが同時で……どうしたらいいか、まだわからないんです」
「会うことさえ難しいものね。仮に恋人になっても、結婚も出来ない」
「はい。でも……でも、私……」
「人の気持ちは簡単には変えられないわ。嫌いになることに躍起になればなるほど、それに固執していることに人は気付かない。無理に終わらせようとするわけでもなく、わざと好きになろうとするわけでもなく、自分の気持ちを大事にしなさい。粗末にしないで」
「──はい」
「どうするかなんて、それから考えればいいのよ。人生はまだ続くんだもの」
「はい。ありがとうございます」
「よし」



笑って煙草を灰皿に押し付けた唐之杜さんは、腫れた目をそっと撫でてくれた。唐之杜さんの言う通り、まずは自分の気持ちを受け入れよう。それからゆっくり、どうするか決めればいい。
お礼を言って、すっきりした気持ちで分析室を出る。まずはどれくらい征陸さんのことが好きか把握するところから始めよう。



・・・



翌日に仕事場に行くと、何故か部屋に唐之杜さんがいた。挨拶をしてからどうしたのかと尋ねると、答えが返ってくる前に常守さんが詰め寄ってきた。縢もその後ろにいて距離を縮めてくるのを見て、思わず後ずさる。



「苗字さん!」
「な、何?」
「私、冨士崎さんから手紙が来たら絶対に渡しますから!応援してます!」
「……はい?」
「冨士崎って男が好きなんだろ?聞いたぜ苗字ちゃん」
「……ええと、唐之杜さん?何か言ったんですか?」
「詳しいことは言ってないわよ。監視官に話を通しておかないと、手紙なんかは届かない可能性があるから。二人はそんなことしないと思うけど」
「だ、だからって言わなくてもいいじゃないですか!しかも全員に!」
「あらあ、いいじゃない。青春って感じで」
「よくないです!」



唐之杜さんに怒るが、もっともらしい理由を並べ立てられて口を塞がされた。まだ社会の仕組みがよくわかっていない私には、唐之杜さんが言うことが真実かさえわからない。それにこれだけ広まってると、もう文句を言ったって遅いだろう。
むっすりと口を引き結んで怒りを示す視界の片隅で、いつもどおりの征陸さんが椅子に座っているのが見えた。何も言わないけど話には加わっている姿からは、動揺も哀れみも怒りも、何も窺い知ることはできない。

しばらくして、珍しくこの騒ぎを止める様子もなく見ていた宜野座さんが、立ち上がって私に何かを渡してきた。真っ白な封筒だ。



「いま話題に出ていた、冨士崎という男からだ。今朝届いた」
「……え」
「苗字さん!よかったじゃないですか!」



喜ぶ常守さんに急かされて封筒を開く。チェックした形跡があるのは、私が潜在犯である以上仕方がないことなのだろう。
シンプルな白い封筒に、少しだけ模様がついた便箋。今時手紙なんて珍しいと言う縢の声を背に、少し大きな文字をゆっくりと読み始めた。記された日付は一週間前だ。
「苗字さん、お久しぶりです。お元気ですか?実は近々会いに行けることになりそうです。本当に会えるかはまだわかりませんが、会えると信じて楽しみにしています。よければお返事をください。 冨士崎」



「……潜在犯にでもなったのかしら」
「有り得るね。でもいいじゃん、潜在犯になったら会える確率も上がるでしょ」
「うん……そうだけど」
「嬉しくなさそうだな」
「狡噛さんは人が潜在犯になることが嬉しいんですか?」
「そういうわけじゃない。……言葉が悪かったな。すまん」
「いえ……こちらこそすみません。ちょっと頭冷やしてきます」



私の思いが相手に通じそうだという空気に耐え切れず、部屋の外に出る。歩くにつれ遅くなる足取りは、部屋から出て少しも行かないうちに止まってしまった。自分がついた嘘とはいえ、喜んでくれる人を見るのは心苦しい。それに……何も言わない征陸さんを見るのも。



「嬢ちゃん、部屋でみんなが待ってるぜ。根掘り葉掘り聞こうってな」
「……征陸さん」
「俺はこれで上がりだ。お疲れさん」
「お疲れ様です。……あの……」
「あれだけ嬢ちゃんを好いてるんだ。ふたりの相性もいい。困難はたくさんあるだろうが、あいつなら幸せにしてくれるだろうさ」
「征陸さん、」
「よかったな嬢ちゃん。幸せになりな」



冨士崎さんのことを聞いてどう思ったかも言わず、昨日のことにもふれず、優しく静かに望みを絶つ声。泣きそうになるのを堪えて、歩いていく征陸さんを見つめた。征陸さんが私を好きになってくれることは、きっとない。
おかしいな、望みのない恋なんて慣れてたはずなんだけど。つんとする鼻を押さえて、一係の部屋への道を歩き始める。大丈夫、泣くのをこらえるのは慣れている。ピエロを演じるのも、恋を諦めるのも。


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