次の日の夜、届いたばかりの服を着て縢の部屋を訪れた。久しぶりの私服は、気分を高揚させる効果があるようだ。料理を運んであたためて食べるように縢に伝えると、部屋のなかから征陸さんが顔を出した。
「嬢ちゃんじゃないか」
「ま、征陸さん!いつからいたんですか!」
「ついさっき、時間より早くついてなぁ。なるほど、こういうことか」
「え、あ、何のことでしょう」
「嬢ちゃんは嘘が下手だな。気にするなと言っただろうに」
「気にしないほうが無理です。お酒もあるんで、飲んでくださいね」
にこやかに笑って退散しようとしたが、征陸さんに呼び止められた。私がお返しをしたと思えるように仕向ける征陸さんの声には、ぬくもりがにじみ出ている。
「男ばかりのなかで手酌より、嬢ちゃんに酌をしてもらったほうが嬉しいってもんだ。作った本人が食べないなんておかしな話だしな」
「え?」
「一緒に食べないか?それで気にするのは終わりだ」
「……はい」
そう言われては頷くしかない。おずおずと頷いて部屋に入ると、狡噛さんが歓迎してくれた。
征陸さんめ、時間より早く来ているなんて狡いじゃないか。会わないようにしようと思ってたのに。むくれながら縢と一緒に料理を出し、四人で乾杯をした。ちなみに私は水だ。征陸さんの前でお酒は絶対に飲むもんか。
「嬢ちゃんの料理はうまいねえ。クッキングマシンのものなんか食べられなくなる」
「征陸さんが望むなら、毎日作りますよ」
「いや、たまには自分で料理しないとな。腕がなまっていけない」
「それもそうですね。……あれ、縢顔赤くない?」
ゆるやかにお酒を飲み干していく征陸さんはまだ酔っていないのに、縢はすでに顔が赤い。どれだけお酒に弱いんだ。狡噛さんは黙々とお酒を飲んでいるけど、酔っている素振りはない。このお酒は飲んだことがないから強さはわからないけど、これは縢がアルコールに弱いだけだろう。
「ほら縢、お水」
「なあにー苗字ちゃん、早いって」
「最初から飛ばすと後が楽しめないよ。お酒は酔っ払ってからが本番なんだから」
「んー、俺ってそんなに酒弱い?」
「弱いね」
征陸さんにお酌をしてから、水を飲み干した縢にまた水を渡す。文句を言わず一気飲みした縢は、目をとろんとさせたままご飯を食べ始めた。縢はこれで良し。あとは……おでんがなくなりかけてるから大根と卵を多めに入れてきて、冷めかけた料理をあたためて……。
「嬢ちゃん、そんなに動き回らなくていいんだぞ?」
「駄目です。今日だけは頑張りますからね」
「嬢ちゃんに酌してもらうほうが嬉しいんだがな」
「え?」
聞き間違いかと思って振り向くが、征陸さんはお酒を飲んでそれ以上何かを言うことはなかった。動きっぱなしの私をゆっくりさせようという、征陸さんなりの気遣いだろう。
あたためなおしたおでんを持って征陸さんの横に座り、お酌をする。なんだか頬が熱い。もう腫れは引いたのに、なんでだろう。
「あの……お酒、どうですか?」
「うまいねぇ」
「よかった」
ほうっと息を吐いて、気付かれないように横目で征陸さんを見る。いつものスーツではなく、渋い色をしたシャツとスラックスだ。征陸さんと飲むときはいつもスーツだったから、私服は初めて見る。そういえば私もずっとスーツだったし、それに合わせてくれていたのかもしれない。もしくは仕事上の延長と思っていたのか。
シルエットではいつも征陸さんが着ているスーツと大差ないはずなのに、カラーになると随分と印象が違う。シャツから出た腕が動くたび、筋肉が動いて血管が浮き出るのを見つめた。
「あー、嬢ちゃん。さすがにそんなに見られると食べづらいんだが」
「す、すみません!私服って初めて見たので、つい」
「そういや嬢ちゃんの私服を見たのも初めてだな」
「そっそうですね!これはいつも着ないような服で常守さんと一緒に選んで、あの、似合わないかもしれないんですけど……あっ常守さんのせいというわけではなく!常守さんが選ぶのは私が挑戦したことのない服ということです!」
「そうか」
低く穏やかな、喉の奥で震えているような笑い声が聞こえる。スカートなんて滅多にはかないから、恥ずかしかったんです。そう付け加えてじっとりとした目で征陸さんを見ると、くつくつと笑いながら謝ってきた。
「すまんな、そういう意味じゃない」
「どういう意味ですか」
「よく似合ってるってこった。可愛いじゃねえか」
かっ……可愛い……!?いまの聞き間違いじゃないよね!?聞き間違いじゃないよね!
顔には出ていないけど酔いが回っているらしい征陸さんは、驚く私を見てまた笑った。お酒を飲んでいないのにふわふわした気持ちになりながら、スカートの裾をいじる。こんなことを言ってくれるなんて、征陸さんはやっぱりいい人だ。
それから一時間後、散々お酒を飲んだあとに解散になった。顔は普通なのにどこかおぼつかない足取りで狡噛さんが帰っていったあと、征陸さんも立ち上がる。ドアまで見送りに行くと、征陸さんは酔いをさますように緩やかに首を振った。
その首元のシャツの襟が立っていることに気付いて、笑いながら手を伸ばす。やっぱり征陸さんも可愛いところがあるな。
「征陸さんでもこんなことがあるんですね。すこし可愛いです」
「可愛いって……嬢ちゃん、俺はもういい歳だぜ?」
「いい歳だから可愛いんですよ。気をつけて帰ってくださいね」
「部屋はすぐそこなんだがなぁ」
「それでもです」
「じゃあ、気をつけて帰るとするか」
「はい、また明日」
笑って見送って、征陸さんがドアの向こうに消えるまで手を振り続ける。……少しは、お詫びになったかな。それにしても今のやり取り、まるで──
「親子みたいだよなー」
「あっうん、そっちだよね!そうだよね!縢ナイス!」
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