翌朝起きて征陸さんに謝って、反省と後悔を混ぜ込んだような気持ちで出勤した。征陸さんは優しいから許してくれたけど、絶対嫌な気持ちになってるはずだ。二日連続で寝ちゃうなんて……今までお酒飲んでもこんなことなかったのに。もしかしたら、未来のお酒は私の体に合わないのかもしれない。
どんよりとした気持ちで一係の部屋に入ると、すでに縢と狡噛さんが来ていた。ああ、自分の馬鹿。



「おはよー苗字ちゃん。……あれ、何かあった?」
「……わかる?」
「わからない人のほうが少ないっしょ」
「ど、どうしよう縢……!」



椅子に座るなり、思いきり縢に縋り付いた。両腕を掴んでぶんぶんと揺さぶりながら、どうしようという言葉をひたすら吐き続ける。縢はしばらくされるがままになっていたけど、揺さぶりがいつまでたっても止まないことに気付き、自力で私の腕から抜け出した。回っているらしい視界に眉間を押さえながら、話の続きを促してくる。



「いままでこんなことなかったんだけど!二回も同じ失敗しちゃって!迷惑かけてどうしよう……!」
「何の話?」
「……酔って征陸さんに迷惑かけた」
「別に、そんなの俺らだってよくある話だし。気にしてないんじゃない?」
「私が!気にしてるの!」
「もうとっつぁんと酒飲まなきゃいいじゃん」
「そうなんだけど、今回の失態のお詫びをしたいの!でも私、お金無いし特技もないし……!」



お詫びとして料理を作ったあとにまた迷惑をかけているという、どう考えてもお詫びになっていないという現実に、じわりと目が潤んでくる。征陸さんは優しいから何も言わないだけだ。



「ま、征陸さんはいい人だけど、絶対嫌がってて、どうしよう……!」
「……そういえば俺、苗字ちゃんが弱音吐くところなんて初めて見たわ」
「そんなのどうだっていいよ!お願い縢、征陸さんと一緒にご飯食べて!私が料理作るから!」
「別にいいけど」
「狡噛さんも良ければ一緒に!だから征陸さんの好きな料理教えてください!」



私の必死な様子を見て、二人はからかうでもなく真剣に考え込んでくれた。ぽつぽつと出る、征陸さんが好んで食べるものをメモしながら、作れそうなものをチェックしていく。やはりつまみになるものや、昔からあるものが好きみたいだ。



「今日とっつぁん休みでしょ?いつ誘う?」
「今晩から仕込みするから明日以降」
「本格的だな」
「お詫びですから」



狡噛さんが言ったおでんは、今晩から仕込んでいたほうがいいだろう。レシピを検索して材料もネットで買って、そうだ、お酒も一緒に。征陸さんの口に合うかわからないけど、ないよりはマシだろう。



「そうだ縢、今晩予定は?」
「朱ちゃんと外出。ゲーム買いに行くんだぜ、いいだろ」
「狡噛さんはどうですか?」
「予定はないが」
「じゃあ味見してください!お願いします!」
「別にいいが……随分必死だな」



わずかな笑いを含んだ声に、大真面目で頷く。これ以上迷惑をかけてなるものか。明日ご馳走して、もう征陸さんと一緒にお酒を飲むのはやめよう。絶対にそうしよう。固い決意を感じ取ったように、時計がかちりと仕事の始まりを告げた。



・・・



征陸さんに作る予定のものと、簡単な晩ご飯を作って狡噛さんに差し出す。仕事が終わってから随分と待たせてしまったのに、狡噛さんは文句も言わず黙って待っていてくれた。
私の部屋のソファに狡噛さんがいるのは見慣れない光景で、すこし緊張しながら評価を待った。征陸さん好みの味じゃなかったらどうしよう。作りなおせる時間はあるけど、少し怖い。ご飯を口に入れゆっくりと飲み込んだ狡噛さんは、僅かに息を吐き出して笑った。



「うまい。これならとっつぁんも喜ぶだろう」
「よかった……!」



ほっとして体の力が抜ける私を面白そうに見ながら、狡噛さんは次々にご飯を平らげていく。明日にはお酒も届くし、征陸さんも喜んでくれるかもしれない。
明日の確認をする私の横で、狡噛さんはあっという間にご飯を食べ終えて立ち上がった。見送るためにドアまでついていきながら、もう一度お礼を言う。



「今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いしますね」
「ああ」
「おやすみなさい……って狡噛さん、ネクタイが肩にかかったままですよ」



食べるときに邪魔だったのだろう、無造作に肩に引っ掛けられたネクタイが不安定に揺れている。付き合いが長くなるにつれどこか可愛い一面がわかるのは、一係の人の特徴なのかもしれない。笑いながらネクタイを所定の位置に戻すと、ゆるく結ばれたそれがゆらゆらと揺れた。



「ああ、すまない」
「狡噛さんって、意外と少年っぽいんですね」
「どういう意味だ」



笑いながら何でもないと言うと、わざとらしく顰められた顔で見返される。それが何だかおかしくて笑っていると、狡噛さんが不意に後ろを向いた。その視線の先に征陸さんがいるのを見て驚く。どうして、征陸さんがここに。



「ああ、悪い。邪魔するつもりじゃなかったんだが」
「とっつぁん、そういうのじゃない」
「子供はもう寝る時間だぞ」



おやすみ、と言って去っていく征陸さんを見つめる。……なんだか様子がおかしかった、気がする。一度も目が合わなかったのを不思議に思いながら顔を戻すと、狡噛さんは煙草をくわえて征陸さんが歩いて行った方向を見つめていた。



「追わなくていいのか」
「え?」
「とっつぁんは誤解してるぜ。俺が苗字の部屋に来ることがあるってな。年頃の男女が夜に同じ部屋にいる関係を世間じゃなんて呼ぶか、知ってるだろう?」
「……!っお、追いかけてきます!」
「ああ」



狡噛さんにお礼を言うことさえ浮かばない頭のまま、消えそうな征陸さんの背中を必死に追いかける。髪がぼさぼさなのを気にする余裕もなく、吸い込むたび息が喉を切り裂きそうになるのも無視して走った。



「っ征陸さん!」
「嬢ちゃん。どうしたんだ?」
「こ、狡噛さんとは、そんなんじゃ、ない、んです。ちょっと用事、が、あって、それで……」
「……そのためにわざわざ走ってきたのか?」
「だ、だって……誤解、されてるって、言うから」



荒い息の合間になんとか説明をしながら、膝に手をついてどくどくと煩い心臓をなだめる。征陸さんはしばらくしてから、掠れた声でわかったと言ってくれた。それが嬉しくて顔を上げる。征陸さんが真剣な顔をしていたのが、やけに目に焼き付いた。


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