征陸さんはいい人だから、豪華すぎるといい顔をしない気がする。そんな直感とも思える確信を軸に、豪華に見えるけどあまりお金がかかっていない料理を作り上げた。味見は何回もしたし、盛りつけもこだわった。
気合を入れて征陸さんの部屋まで料理を運んで、ビールで乾杯をする。征陸さんがリラックスしてくれているのを感じ、嬉しくなってビールを飲み干した。少しずつだけど飾らない姿を見せてくれるようになったし、これっていい変化、だよね。



「どうした嬢ちゃん、嬉しそうだな」
「わかります?いいことがあったんです」
「そいつは何だい?」
「秘密です」
「ほう、そうかい」



二人で顔を見合わせて悪戯っぽく笑う。征陸さんは私の黙秘にそれ以上ふれることなく、ゆっくりとご飯を食べはじめた。……こういうところが大人なんだよね。私も早く大人になりたいな。



「昨日は本当にすみません……ありがとうございました」
「いいってことさ。気にすると色相が濁るぞ」
「そうですね……。今度から溜め込まないで泣くようにします。出来たらですけど」
「泣けるうちに泣くのが一番だ。泣けなくなったらもう、そいつの心は死んじまってる」
「征陸さんが泣きたくなったら呼んでくださいね。胸を貸します」
「覚えておく、ありがとよ」



私の言葉をさらりと流し、征陸さんはビールを飲み干した。こういう対応に慣れているということは、言われ慣れているんだろうか。いい歳だし、奥さんがいてもおかしくはない。それを聞くのはなんとなく躊躇われて、また甘えそうになった口をアルコールで塞いだ。
こうして征陸さんとすごすのが普通になればなるほど、この世界に馴染んでいく気がする。疑問にも正義の在り方にも理不尽にも慣れて、いつかドミネーターに言われるがままに執行をする機械のようになるのだろうか。



「……もし、私がいまの私じゃなくなったら」
「ん?」
「指摘してくれますか?譲れないといっていたものが譲れるようになっていたら」
「ああ。任せておけ」
「ありがとうございます」



こうしてまた征陸さんの優しさにずぶずぶと頼っていく。家族も友人も、自分の常識さえ通用しない世界で、これほど大事な存在に出会えたのは喜ぶべきことだ。
征陸さんが、縢や狡噛さんにとっつぁんと呼ばれているのがなんとなくわかる気がする。安心して背中を預けられる、お父さんみたいな存在だもの。



・・・



「ん……」



喉が渇いて目が覚めた。寝返りをうって数秒、自分のベッドより寝心地がいいことに気付いて、張り付いていた瞼を無理やり開けた。
……征陸さんの、においがする。お酒のせいで怠い手足を動かして、暗い室内に目が慣れる前にベッドからおりた。



「征陸さん……いますか?」



昨日とまったく同じ状況に頭を抱えたくなる。窓がない部屋では夜か朝かもわからず、そっと開けたリビングで時間を確認した。夜中の三時。いつの間にか寝ていてしまったらしいことをようやく受け入れ、征陸さんを探した。
そっと音を立てないように歩きまわり、ソファで寝ている征陸さんを見つける。寝入っている征陸さんの顔は、起きているときよりほんの少しだけあどけなく見えた。眉を寄せていないからだろうか。起こさないように布団を持ってきて、意外と鍛えられている体にそうっとかける。



「あれ……あんなのあったっけ」



ふと、部屋の隅にキャンバスが一つ増えているのが目に入った。征陸さんはどんな絵を描いているんだろうかと興味本位で覗き込んで、息を飲んだ。

そこにいたのは私だった。ワイシャツとスーツという姿で、ソファで横になって寝ている私。白い布に描かれた私は、いつも鏡で見る姿より魅力的に見えた。長いまつげ、ふわりとした髪、女らしい丸みを帯びた体。美化して描いてくれるのは嬉しいけど、実物を鏡で見るとあまりの落差にしょんぼりとしそうな出来だ。
まだ描かれて間もないのだろう。ふれた手に色彩が付着しそうな感覚に、そっと指を握り締めた。……なんで、私を描いたんだろう。聞きたくても聞けない感情は、相手が寝ているからという最もらしい理由によって押し殺された。



「ねえ、征陸さん。私、あんなに綺麗じゃないですよ」



恥ずかしさからくる文句を言っても、返ってくるのは寝息ばかり。体にかけた布団が規則正しく上下しているのを見て、そっと背中をなでた。いつものお礼だと心の中で誰かに言いながら、ゆっくりと撫でる。
そのまま、気付けば寝てしまっていたらしい。次に目を開けると、征陸さんのベッドに逆戻りしていた。


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