重たい瞼をゆっくりと開ける。もう慣れ親しんだような天井をしばらく眺めて、自分の部屋とはすこし違うことに気付いた。……ここは、どこだ。
見知らぬベッド、シンプルな部屋。壁にかけてあるコートを見て、ようやく頭が回転しはじめた。そうか、ここは征陸さんの部屋だ。昨日泣いてそのまま寝てしまったんだ。
ベッドを整えて、そっとリビングへ続くドアを開ける。ふわりと征陸さんのにおいが漂った。



「征陸さん……いますか?」



返事はなく、部屋に人の気配もない。征陸さんはどこに行ってしまったのだろうと部屋の中を見回すと、テーブルの上にご飯が置いてあるのに気付いた。手紙も添えてある。
「これを食べて行くといい。先に出る。 征陸」
読みやすく丁寧に記されたインクが描くのは、初めて見る征陸さんの字だ。それを何となく抱きしめて優しさを感じながら、朝ご飯を食べ始める。ご飯に焼き魚にお漬物、味噌汁。慣れ親しんだ和食はおいしく、体に栄養を届けようと胃に入って消化されていった。



「ごちそうさまでした」



手を合わせて食事を終え、食べ終わった食器を食洗機に入れる。食器が綺麗になるのを待つ間に、少し掃除をすることにした。さすがにこのまま出て行くのは失礼だろう。もう一度ベッドを整え、机や棚を拭き、メモを書く。
「昨日はありがとうございました。すみません。ご飯おいしかったです。本当にありがとうございました」
本音だけど、中身があるようでないメモを何度も見返す。……まあ、いいか。これが私の素直な気持ちなんだから。
時間を気にしながら綺麗になった食器を重ねて台所へ置く。出勤まであと一時間半、ちょうどいい時間だろう。

征陸さんの部屋を出て自分の部屋へと帰る途中、電話がかかってきた。征陸さんからだ。



「はい、苗字です」
「嬢ちゃん、起きてるか?」
「はい、昨日はすみません。ありがとうございました。朝ご飯まで用意してもらって」
「気にするな。気分はどうだ?」
「すっきりしました!征陸さんのおかげです」
「はは、そうか。遅刻せずに来いよ」
「はい!あの、大したことは出来ないんですけど、昨日のお礼をさせてください」
「なあに、構わんさ。気にしなくていい」
「気にします!ご馳走作りますから!」
「……じゃあ、ご相伴に預かるとするかねえ。だが豪華なのは遠慮するぜ?胃がもたれちまう」
「善処します」



まあ、私の善処しますって意味は「いいえ」なんですけどね。口には出さずにメニューを考えながら、征陸さんとの通話を終える。さて、今日も気合を入れて化粧をしますか!



・・・



どうやっても目立ってしまうガーゼは、いつもより大きく巻いた髪で半分隠した。腫れぼったい目はアイメイクでなんとか誤魔化して、元気よく一係の部屋へ入る。
部屋のなかには常守さんと狡噛さんがいて、何やら話し込んでいた。おはようございますと声をかけて椅子に座る。いつもより高いヒールが床を叩いた。



「おはようございます苗字さん。頬はどうですか?」
「大丈夫だよ。昨日の薬のこと何かわかった?」
「ああ。人質に使われていた薬は新種のようだ。いま解析を急いでいる。あれはもう、街に出回っていると考えたほうがいいだろう」
「狡噛さんは説明を聞いてきたんですっけ。……もう出回ってるんですね」
「傷はどうなんだ?ギノが随分怒っていたぞ、女の自覚がないってな」
「はは……とりあえず体を鍛えようと思ってます」



とりあえずは筋トレから始めようと決意しながら、征陸さんの姿を探す。部屋にいないということは、お昼ご飯を食べに行ったのかもしれない。今のうちにと、椅子を転がして常守さんに近寄った。行儀が悪いなんてことは気にしない。



「ねえ常守さんってどこでスーツ買ってる?昨日一着だめになっちゃったから買わないといけなくて」
「ホロにスーツは登録してないんですか?」
「なんか慣れなくて……ホロは使ってないの」
「じゃあ私の使ってるサイト教えますね!」
「ありがとう!このままじゃスカートをはいて出勤しなきゃいけないから困ってたの」
「スカート似合ってましたよ?」
「いや、もう恥ずかしくて……。ついでに最近の服の流行りとか教えてくれない?」
「あっ、じゃあ一緒に雑誌読みましょう!」
「うん!でもいいの?仕事中じゃ……」
「休憩中だから構いませんよ!ね、狡噛さん!」
「ああ」



なんというか、事件のとき以外はなかなかに緩い職場である。狡噛さんも構わないと言ったところで、ふたりして電子のファッション雑誌を覗き込んだ。いまの流行りは、一周して私のいた時代と同じようなものらしい。
スカートか……滅多にはかないけど、好きな人は多いかもしれない。男の意見も聞いてみようと、狡噛さんに話をふる。



「狡噛さん、スカートってどう思います?」
「着たいものを着ればいいだろう」
「そうですけど……じゃあ、一係でパンツスタイルよりスカート好きそうな人って誰ですか?」
「全員そうじゃないのか」
「あ、狡噛さんもスカート好きなんですね」
「苗字さんスカート似合いますよ!思い切って買ってみたらどうですか?」
「んー……そうだなあ」



たくさんの服を眺めていると、久しぶりにおしゃれをしたい感情が湧き出てきた。給料も入ったし、服を買っても暮らしていけるだろう。
常守さんのおすすめであるスカートと、それに似合う服を何着か買ってサイトを閉じる。征陸さん、こういう服好きかなあ。


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