私はそれなりな人生を歩んできたと思っていたけれど、状況を説明しろと言われれば、今まで生きてきた27年が一言で説明できてしまうくらいには薄っぺらかったことにようやく気付いた。「平凡な人生を歩んできた女が何故か未来へタイムスリップしてしまいました」ちゃんちゃん。

見知らぬ街に突如放り出されているところを捕まり施設へ入れられ、根掘り葉掘り聞かれるままに答えた。そうする他なかったからだ。そして数ヶ月後、また突如として新しい職場へ放り出された。
施設にいるあいだに、ここが未来だということ、聞きなれないシビュラシステムという存在などを聞かされたけれど、全く実感がわかなかった。シビュラシステムなんて聞いたこともないものが生活の基盤だなんて、生活をしていないのにわかるわけもない。それでも狭い部屋のなかでもわかる人類の発展の有様に、すこし恐怖を覚えた。私はどれほど未来へ来てしまったのだろうか。見たこともない発達した機械に頼り聞いたこともない単語が飛び交うなか、私は犯罪を犯す可能性が高いと説明されても、信じたくなどなかった。



「苗字名前です。よろしくお願いします」



私の働く場所は、警察のようだった。適性がないとあの部屋で一生過ごすと聞かされたのはつい先ほどだ。空虚で半透明なおぞましい未来を想像して、思わず震えがおきる。あんなところにいたら、いずれ狂ってしまうに違いない。
全員が揃っているらしい部屋で挨拶をして頭を下げると、眼鏡をかけた男の人が私に近づいてきた。思わず息が止まる。長く邪魔そうな前髪、眼鏡、笑わないと決心しているようにつり上がっている眉とは反対に引き結ばれている口元。すべてが私の友達である燿子に似ていた。
思ったよりまじまじと見つめていたのか、眼鏡の向こう側の目がわずかな不快感で細められる。慌てて目を逸らしてから、頼りないスーツのスカートを伸ばすように下へと引っ張った。



「話は聞いている。なんでも、過去から来たそうだな」
「らしい、ですね」
「それで潜在犯になって執行官とは、よく出来た喜劇だな」
「私は笑点のほうがよっぽど笑えますけどね」
「笑点?」



聞きなれないというように僅かによった眉を見つめて、ようやく思い出す。そうだ、実感はないけどここは未来だった。しかもかなり先の。どうやらこの世界には笑点はないらしい。



「まあいい。自己紹介などはしないから、己で確認するように。仕事は……そうだな、狡噛に聞け。いいな」
「はい」



印象や話し方まで燿子に似ている上司の後ろ姿をしばし見つめてから、スカートの裾を引っ張る。さて、狡噛という聞きなれない名前の人は誰だろう。せめて男か女かだけでも教えてほしい。
名前を呼んで探そうかと後ろを向くと、女の子と目があった。ショートカットの髪がやわらかそうに揺れて、安心するような笑みで見つめてくる。



「私は常守朱です。監視官なので立場は上になりますけど、気にしないでくださいね。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「ええと、名前はあちらから六合塚さん、征陸さん、縢くん、狡噛さんです」



私の視界に収まるほどの人は、常守さんに紹介されると会釈や笑顔で自分だと知らせてくれた。それに会釈をしてから、狡噛と言われたときに視線が合った人を見つめる。狡噛さんかと念のため確認しようと口を開けた瞬間、後ろから賑やかな声が飛んできた。



「苗字ちゃん、スカート気になるの?」
「え?」



記憶にある限りでは初めての呼ばれ方と予想外の質問に驚いて、声の主を見つめる。明るいオレンジの髪の毛に着崩したスーツ。年はまだ成人したかしないかというところだろうか。
顔を確認してから下を見ると、自分の両手がスカートの裾を引っ張っていることに気付いた。慌てて離すのと同時に、スカートがわずかに上がって足をさらす。



「だってこれ、短いでしょう?いくらなんでも仕事にこの短さはないと思うから」
「ええ、そう?朱ちゃんだってそれくらいだけど」



しかし、これでは座るときにも気をつけなければいけない。一番短いスカートを最後にはいたのは高校生の時だ。さすがにこの歳になってこの丈は厳しいと、もう一度スカートを引っ張る。縢という青年は椅子から立ち上がって私の前まで歩いてきて、ああ、と納得したような声を出した。



「確かに着替えたほうがいいわ。いや、俺はそれでいいんだけどさ。ギノさんに見つかるとうるさいかもしれないし」



胸、と一言告げられた言葉に、自分の胸を見下ろす。支給されたワイシャツにスーツ、ストッキング、靴。胸元のどこが問題なのだろうと明るい髪色を見上げると、わかんないかなー、と少し呆れた声が降ってくる。



「ワイシャツのサイズ、あってないんじゃない」
「え?」



もう一度胸元を見て、ようやく言っている意味がわかった。おそらくワイシャツのボタンとボタンの間から、肌が見えそうだということを言っているのだろう。いつもなら下に何か着るが、あいにくそんなものは支給されていない。少しばかりいじってみるがすぐに元の状態に戻るシャツは、もう見慣れたものだ。
どうする、という意味を込めて見上げた視線に、縢は人差し指で腕をさした。私の右腕には、様々な機能がついているらしい機械がつけられている。まだ慣れないそれは、手首を締め付けて重さで行動を制限しようとしているようだった。



「着替えあるでしょ?ホロで着替えたら?」
「ホロ?」



聞きなれない単語に首をかしげる。知らないのかと見開かれた目は丸い。まだ狡噛という人物と言葉も交わしていないのにどうしてこうなってしまったのだろうという思いは、誰にも気付かれずに胸のなかに沈んでいった。


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