あのあと状況説明を何度もさせられたし怒られたし、宜野座さんにもこってり絞られた。ただ、もう同じことはするなと言われないのが予想外だった。なんでも、潜在的の入る収容所が人で溢れかえっているらしい。慢性的な人手不足と相まって、できるなら潜在犯を増やされたくないと言われた。
そんなことで今回の事件が許されたのにはイラッとしたけど、すべてが丸く収まったんだから良しとしよう。冨士崎さんは数週間検査を受けてから社会復帰したし、最近事件はあんまりないし、何だかいいことが多い。
そんなことを考えながらうきうきと迎えた翌日、お昼休みになってからふっと気付いた。縢がいない。
「征陸さん、縢は休みなんですか?」
「休みだが。嬢ちゃん、何か約束でもしてたのかい?」
「そういうわけじゃないんですけど……あっ宜野座さん、お昼はどうする予定ですか?」
「予定がある。問題を起こさないようにしていろ」
「はあい」
時間を確認しながら出ていく宜野座さんが見えなくなって、部屋に征陸さんと二人で残される。今日は縢と食べようと思って重箱を持ってきたのに、まさか縢がいないとは。一人で食べて残ったものは夜に回してもいいが、あいにく部屋にはこの重箱に入りきらなかったおかずたちが出番を待ちわびている。さすがに三食同じものはきつい。
「征陸さんはお昼の予定ありますか?」
「特にはないが」
「じゃあ、あの……これ、一緒に食べませんか?作りすぎちゃったんです」
どん、と出された重箱に征陸さんが驚く。それから仕方ないというように笑いながら頷いてくれた。縢の椅子を拝借して座り、二人で手を合わせていただきますと言ってお弁当を食べ始める。
「うまいねえ。縢と食べる予定だったか?」
「はい。結構前ですけど、お弁当作るって約束してて。どうせなら部屋にいる人で食べようと思って多めに作ってきたんですけど、まさか征陸さんと二人だなんて」
「宜野座監視官は出て行っちまったしなぁ。役得ってことにしとくか」
笑いながらお弁当を食べてくれる征陸さんは優しい。縢や常守さん向けに作った、唐揚げやポテトサラダという定番だけど胃にもたれるかもしれない料理も、文句も言わずおいしいと言って食べてくれる。これが日々のささやかな幸せというやつだろう。
「征陸さんは好きなものとかありますか?今度お弁当作るときに入れてきます」
「嬉しいが、気を遣わなくていいぞ。作ってもらえるだけで有難いってもんさ」
「自分からは作らないものとかありますから。それにストレス発散と節約を兼ねてるんで、気にしないでください」
「ストレス発散……料理で発散されるのか?」
「勿論です!柔らかくするという名目で肉叩きで好きなだけ肉を殴ったり、怒りをぶつけるためにパン捏ねたり、大根を包丁で真っ二つにするのもなかなかいいですよ」
私の主張に征陸さんは微妙な顔をしてコメントに困ったあと、何も答えなくていいように卵焼きを口に入れた。機械が低く鈍い音をたてるなか、二人でお茶を飲んでお弁当を食べる。これが見晴らしのいい場所だったら、もっと良かったのに。
叶わない願いをお米と一緒に口になかに押し込んで征陸さんを見る。何を話すでもない、ほかの人とだったら気まずく感じるかもしれない空間は、不思議と居心地がよかった。
「あ、征陸さん」
「ん?どうした」
「ご飯粒、ついてますよ」
征陸さんの口の端にご飯粒を発見してくすりと笑う。征陸さんでもこんなミスをするのかと思うと、なんだか微笑ましくて可愛く見える。
照れたように笑う征陸さんの口元に手を伸ばして、そっとご飯粒をつまみ上げる。そのまま自分の口の中に放り込んでから笑いかけると、征陸さんは驚いたように固まっていた。
「取れましたよ」
「ああ……ありがとよ。だがな嬢ちゃん、あんまりこういう事をしちゃあいけねぇぜ」
「え?」
「……何をしている」
ドアの開く音がして、硬い声と共に宜野座さんが入ってきた。やけに厳しい顔と尋問するような態度に首をかしげながら、状況をそのまま説明する。みんなで食べようと思って作ってきたお弁当を征陸さんと食べている最中ですと、それ以外説明のしようがない言葉に、宜野座さんは顔をしかめた。
「……本当にそれだけか」
「それだけって……他に何があるんですか?」
「あー、監視官殿。あんたが考えているようなことじゃない、安心しろ」
「当たり前だ!」
「ええと、あの?」
「嬢ちゃんも勘違いされるようなことは控えろってことだ」
「はあ……あ、宜野座さん、用事はどうしたんですか?」
「中止だ」
「じゃあ、一緒にご飯食べませんか?たくさんあるんです」
お皿とお箸を差し出すと、宜野座さんの眉間にシワが出来た。まだ若いのに、そんなにシワばかり作っていると取れなくなるんじゃないだろうか。口に出したら怒るだろう言葉は胸の中にしまいこんで、狡噛さんの椅子を拝借する。立ったまま動かない宜野座さんを座らせて、おかずを適当に乗せて差し出した。
「はいどうぞ」
「まだ食べるとは言っていない」
「いいじゃないですか、ほら。食べ物を粗末にすると色相が濁りますよ」
宜野座さんの無言の抗議を受け流しながら、唐揚げを一口。おいしいと大げさに言ってみれば、宜野座さんは諦めたようにポテトサラダを口に含んだ。数回咀嚼したあと、目がわずかに開かれる。
「昨日頑張って作ったんです」
「執行官の作ったものなど口に合わん。犬のエサだ」
「最近ペットのご飯っておいしいらしいですよ。高いですし」
「当たり前だろう。おいしくなければ犬も食べる気にならん」
噛み合ってるようで噛み合っていない会話を続けながらも食べてくれる宜野座さんは、やっぱり根っこの部分は優しいんだろう。ゆったりとしたお昼休みは、お弁当を食べ終えて食後のお茶を飲んでいる時に、突然鳴り始めた音によって強制終了された。
事件だ、と素早く立ち上がる二人に続いて立ち上がる。人手が足りないからと、宜野座さんがほかの人を呼び出す声が聞こえてきてため息。やっぱりこの世界で暮らす限りは、平和とは程遠いみたいだ。
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