がたごとと揺れる車内に沈黙が痛い。征陸さんも狡噛さんも何も言ってこないのが沈黙に恐怖を加えている。狡噛さんはいつも通りの仏頂面だし、征陸さんも唇を引き結んで何かを考え込んでいるようだ。
手持ち無沙汰に髪の毛をいじっていると、横に座っていた男の人がおずおずと話しかけてきた。もう怯えている様子はない。



「あの、名前はなんていうんですか?」
「私?私は苗字だよ」
「下の名前もよければ……」
「ああ、名前っていうの。あなたは?」
「冨士崎由次郎です」
「ふじさきゆうじろう……ん、覚えた」



珍しい苗字や名前が多いなかでは、まだ馴染みのある名前だ。私が初めて助けることが出来た人の名前として忘れずにいよう。
何度も名前を確認していると、冨士崎さんがまた質問をしてきた。なかなかよく話す男だ。



「あの……苗字さんって、執行官なんですか?」
「うん、そうだよ。っていっても、何をすればいいかまだよくわかってないんだけど」
「執行官って……自由に外に出たりできないんですよね?潜在犯だから」
「そうなのよ、失礼しちゃうわよね」



ストレスがたまっただけで犯罪を起こすかもだなんて言われて納得できるわけがないのに。この人だってそうだろうと横を向くと、私を見ていたらしい冨士崎さんとばっちり目があった。何かを言いたそうな目を探って覗き込むと、赤くなって逸らされる。ウブか。



「じゃあ、もう会ったりとか……」
「よくわかんないけど、あまり期待しないほうがいいんじゃないかな」
「あ、あの!」
「ん?」
「相性診断、してもいいですか!」
「え?いいけど」



もしかして占いが好きなんだろうか。血液型とか星座とか、もしかしたら本格的に産まれた日時とかを使うのかもしれない。
私の質問を待つ姿勢に気付かず、富士崎さんは何やら機械を操作してから声を上げた。あれ、もう終わったの?



「相性81.6%!かなりいいですよこれは!」
「え、もうわかったの?血液型は?星座は?」
「何言ってるんですか、シビュラの相性診断です。ほら」
「相性診断ってどこかで聞いたことが……あっ、お見合いサイトのか!」



相性のいい人をシビュラに選んでもらって付き合ったり結婚すると、常守さんは言っていた。あれか!あれのことか!
ようやく気付いた私をよそに、冨士崎さんのテンションはあがっていく。その姿は、さっきまで潜在犯として撃たれそうになった人物とは思えないほど明るかった。



「あの、苗字さん!」
「ん?」
「苗字さんっていまお付き合いしてる人とかは……」
「いないけど……冨士崎さんは?」
「俺もいないです!あの、良ければ!」
「青春してるとこちょいと悪いが、そこまでだ」
「征陸さん?」



ずいずいと詰め寄ってくる冨士崎さんを制した腕は、そのまま私の手を引っ張った。いつの間にか立ち上がっていた征陸さんが、私と冨士崎さんの間に座る。
車内に微妙な沈黙が漂った。ええと……これはどういう状況なんだ?



「あの、征陸さん?もしかして私何かしちゃいました?」
「いや、そういうわけじゃない。ただ、もう歳でなぁ。悲劇はフィクションだけで十分だ」
「はあ」



よくわからないまま返事をして、とりあえず前を向く。冨士崎さんは居心地が悪そうに座り直し、狡噛さんは成り行きを見守っている。え、もしかしてこの状況を理解できていないのは私だけなの?



「え、ええと、とにかく丸く収まってよかったですね」
「ああ、そうだな。嬢ちゃん、執行官の才能があるかもしれねえな」
「本当ですか!?やった!」
「そのうち壁にぶち当たった時には言ってくれ。執行官はみな壁を乗り越えてきた奴だ。参考程度にはなるだろう」
「はい、その時はよろしくお願いします!……それにしても、事件って思ったより多いんですね……私が知らないだけで、今までたくさんあったんでしょうけど」
「そうだな……昔よりは減ったが、大きな事件が占める割合は増加している」
「そうなんですか……あ、この辺にコナンが住んでるかもしれませんね」
「コナン?コナン・ドイルか?」
「いえ、名探偵コナンです。ほら、麻酔銃でおっちゃんを気絶させて推理して、行く先々で殺人事件をおこすアニメ」
「ああ、あれか」



ようやく意味がわかったと征陸さんが笑い出す。車内の空気が和んだのを感じて、ふっと肩の力が抜けた。シリアスが似合わないのは、自分自身が一番よくわかっている。
二人で懐かしい話で盛り上がっていると、冨士崎さんが何故か挙手して発言する許可を求めてきた。征陸さんが許可する。



「あの、苗字さん!いま好きな人はいますか!」
「いないけど、どうしたの?」
「確かに潜在犯とでは結ばれないかもしれないし、悲劇になるかもしれない!でも相性はよかったし、苗字さん、よければ俺と結婚を前提に付き合ってください!」



結婚を前提に付き合ってください。……結婚を前提に付き合ってください?
ぽかんとした顔の私とは違い、冨士崎さんは真っ赤で真剣な顔をしていた。ええと……いまのは聞き間違い、ではないようだ。車内に響いたし、エコーまでかかったし。



「えっと……冨士崎さん、どうしたの?私たち会ったばかりだし話が飛躍しすぎじゃない?」
「そうかもしれないですけど、これを逃せばもうチャンスはありません!会うことも出来ないんです!」
「でも私は冨士崎さんのことよく知らないし、ほら」
「今から知っていけばいいんです!」



私と冨士崎さんに挟まれている征陸さんには悪いけど、もうしばらくそこに座っていてもらおう。このずいずいくる感じ、どう考えても一人で対処できるものではない。

好意を持ってくれるのは嬉しいけど、冨士崎さんは私の性格も考え方もすっぴんも、何もかもを知らない。助けてもらった人が相性がよかった、ただそれだけでこんなことを言っているのだろう。



「すっ好きな人はいないけど、気になる人はいるの!だからごめんなさい!」
「そう……ですか……。誰ですか?」
「えっ?」
「せめて相手の名前だけでも教えてください!じゃないと色相が濁ります!」
「ええ、っと……ゆ、諭吉」
「諭吉?」
「福沢諭吉っていう人、なんだけど……」



横で征陸さんが吹き出す。人が必死に考えた名前を笑うなんて、と文句を言う余裕はない。笑う征陸さんに落ち込む冨士崎さん、焦る私。問い詰められたらどうしようと両手を握りしめていると、車がゆっくりと止まった。公安局についたらしい。



「とっつぁん、俺がこいつを連れて行く。あとで苗字と状況説明を頼む」
「ああ」



私を見つめたままで動こうとしない富士崎さんを連れて狡噛さんが出ていく。それを見てようやく体の力を抜くと、低い笑い声が聞こえてきた。どうやら征陸さんは私の返答がお気に召したらしい。じっとりを横目で征陸さんを見ると、悪いというように頭をなでられた。


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