人手不足なのか事件が多いのか一係の管轄が大きいのか。どれが原因かどれも原因かわからないけど、また出動要請が入った。まだ慣れない薄暗い車内で揺られながら目的地へと走る。今回はエリアストレスというものが上昇した原因であり、色相チェックに引っかかった男の捕獲だそうだ。
公安局のマスコットキャラクターによって封鎖されている建物の中に入り、ドミネーターを構える。出来るだけやってやろうじゃないの。



「男の居場所ははっきりしている。常守監視官と征陸と苗字、俺と狡噛でわかれて追い詰める」



行け、という声をスタートに、ドミネーターと共に走り出す。目的の男はこの居住区の一角でうずくまっているらしい。明らかに怯えているのに、こんな圧迫するようなことをしなくてもいいじゃないか。
そう思うけど、私より遥かに場数を踏んだ人たちが慢心せず慎重に進んでいくのに、ゆるみかけていた気を引き締める。どんなことがあるかわからないからこそ、みんな張り詰めているんだ。



「こちらハウンドone。潜在犯を発見したぞ」
「こちらの到着を待たなくていい。撃て」
「了解。……だとよ、嬢ちゃん」



部屋の隅でうずくまる男を見て、征陸さんが優しく促してくる。抵抗もしない潜在犯を撃つなんて、初めての実践にはちょうどいいだろう。征陸さんの考えがわかったのか、常守さんもドミネーターを構えつつも撃つ様子はない。二人に見守られるなか、ゆっくりとドミネーターを構えた。頭のなかに声が響く。
犯罪係数150。執行対象です。セーフティ解除します。執行モード、ノンリーサル・パラライザー。慎重に照準を定め対象を制圧してください。



「ねえあなた、怯えているのね。どうしたの?」
「ひっ……!」
「大丈夫、話を聞きたいだけだから。どうしたの?何か嫌なことがあった?辛いことがあって、溜め込んじゃったの?」
「おい、嬢ちゃん」



咎めるような声を無視して男に話しかける。この人は何もしていない。ただ怯えてストレスがたまって、それだけで犯罪をする可能性があると言われただけだ。ゆっくりと低めの声で優しく問いかけると、男は乾いた唇を開いて震えた声を絞り出した。



「し、仕事が……合わなくて。でも適性があるから、俺は……俺は、」
「そりゃ適性があってもうまくいかないことだってあるでしょう。それで辛かったのね?」
「……俺、逃げ出したくて、それで、色相チェックに引っかかって、怖くて……!」
「そうね、怖いわ。だって、何も悪いことはしていないものね」
「そうだ!それなのに何でこんな目に!」
「大丈夫。安心して、大きく深呼吸して」



ね、と笑いかけて深呼吸をしてみせると、男も息を吸って吐いた。それがだんだんと大きいものになっていくのを、一緒に深呼吸しながら見つめる。少し落ち着いて体の強ばりがなくなったのを感じて、そっと近寄って座り込んだ。



「怖いでしょう。苦しくて辛いでしょう。でもそれを拒否しないで。人間の素直な感情だもの」
「どう、すれば……」
「まず、現状を受け入れなくちゃ。仕事がつらいならやめちゃえばいいのよ。体と心を壊してまでしなきゃいけない仕事なんてないわ。お金がなくなるまで好きなことをして暮らせばいいの」
「好きなこと……」
「そう。何が好き?」
「……旅行」
「仕事をやめたら、行きたかったところに好きなだけ行けるじゃない!現状を受け入れて、未来を肯定して、好きなことを考えて。──そうね、誕生日はいつ?プレゼントはもらった?」
「プレゼント……旅行、セット」
「嬉しかったでしょう。誕生日プレゼントをくれる友達がいるんだ。どんな人?」
「明るくて、おちゃらけてて……でもいい奴、です」
「いい人ね。聞いてるだけでわかるわ」
「はい」



ぎこちないながらも、目の前に座り込む人の笑顔がようやく見れた。それに笑って立ち上がって、ドミネーターを構えて係数を確認する。後ろで息を呑む音が聞こえてきて、頭のなかでドミネーターの声が響いた。
脅威判定が更新されました。犯罪係数アンダー8。執行対象ではありません。トリガーをロックします。



「……あれ?」
「こいつぁ……嬢ちゃん、えらいことやっちまったなあ」
「あ、あの。俺が何か……?」
「ううん、あなたは何もしていないわ。元の状態に戻っただけ。リラックスしててね」
「ど、どうしましょうか……」
「コウたちがあと一分ほどで着く。説明だけして待っているとするか」



征陸さんの読み通り一分後に到着した宜野座さんと狡噛さんは、ためらいなくドミネーターを構えた。私も構えて、もう一度犯罪係数を確認する。アンダー15。よかった、少しは落ち着いたみたいだ。
ここに来るまでに説明を聞いていた宜野座さんは、それでも納得いかないというように男の人を睨みつけた。怯える男の人を守るように立って、宜野座さんと対峙する。



「何をした」
「話をしただけです。この人はストレスが溜まっていただけです。それがなくなったんですよ」
「お前は犬だ!人間以下だと何度言えばわかる!ドミネーターに従い撃てばいい!」
「ドミネーターには従いました!だから撃ってないじゃないですか!」
「っ屁理屈を……!」
「それでもいいです!ドミネーターに従うだけなら、それだけの存在が必要なら、ドローンにでもやらせればいいじゃないですか!それをしないのは、人間の機転や判断が必要だからでしょう!?私は自分の出来ることをしたい!」



薄いレンズの向こうから睨みつけてくる目を、負けじと見返す。執行官はドミネーターの指示で正義を振りかざすもの。私には私の、正義とは言えないまでも譲れないものがある。
じりじりと数十秒にらみ合いをした結果、宜野座さんが折れた。どこかへ指示を仰ぎ、私たちが乗ってきた車にこの男の人も乗せるよう命令される。



「これは上からの命令だ。いくら係数がさがったとはいえ、検査が必要だ。捕らえるわけではない」
「宜野座さん!ありがとうございます!」
「上の命令だ」



まだ怒っていることを見せつけるように、宜野座さんは視線を合わさず歩いていく。それを見てから、男の人に手を貸して立ち上がらせた。私のやってることは正しくはないかもしれないけど、でも、これでいいよね。
誰かに許しを請うように空を見上げる。よく晴れた空にまずい空気は、やけに不釣合いな気がした。


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