久しぶりのアルコールでいい気分になりながら、ステーキとおにぎりを三人前運ぶ。三人は分析室にいるらしい。冷めないうちにと小走りで分析室にたどり着いて部屋に入ると、話をしていたらしい三人がこっちを向いた。



「お待たせしましたー!ステーキです」
「うわ、本当に持ってきたんだ。いいにおい」



机のうえに料理を並べて、空いているソファに腰掛ける。すぐに出て行くのもあれだろう。三人はステーキを切って口に入れ、おいしいという感想をくれた。それに笑ってお礼を言って、出て行くか迷う。
食べ終わるまでいてもいいかもしれないけど、私がいないほうが話しやすいなら出ていくべきだろう。どっちがいいか考えていると、ステーキを頬張った常守さんが質問を投げかけてきた。



「宜野座さんと仲がいいんですか?」
「え?そんなふうに見える?」
「はい。私よりよっぽど仲がよさそうです」
「そうかな……あのね、私の友人に似ているの。不器用で真っ直ぐで融通がきかなくて、眼鏡をかけているところやあの邪魔そうな前髪までそっくり!」



邪魔そうな前髪と聞いて、常守さんが困ったように笑う。こんな反応をするということは、常守さんも一度はあの前髪のことを考えたことがあるということだ。
私の話を聞いて、常守さんだけではなく唐之杜さんまで納得した顔をする。肺まで煙を吸い込んで煙草を味わいながら、唐之杜さんがからかうように言葉を吐きだした。



「二人がいい雰囲気だっていうから、期待してたのに」
「私と宜野座さんがですか?ないない」



笑いながら否定すると、色気のある眉が残念そうに下がった。思わず凝視してしまいそうになる仕草で足を組み替えて、唐之杜さんは煙草を灰皿に押し付ける。この狭い限られた空間では、事件以外に目立ったことは起こらないのだろう。退屈だと言わんばかりに髪の毛をかきあげた唐之杜さんの横で、六合塚さんは早くもステーキとおにぎりを完食していた。



「じゃあ……そうねえ、名前ちゃんだっけ?あなたの恋愛話でも聞かせてちょうだいよ」
「ええ、私?」
「私も聞きたいです!」
「常守さんまで……六合塚さんは聞きたくないですよね?」
「聞きたいけど」
「ばっさり!」



三人に詰め寄られて、過去の恋愛経歴を吐かないという選択肢は黒く塗りつぶされた。仕方ないと腹を括って、記憶の渦のなかに放り出した恋愛の箱を探し出す。恋愛だなんて久しくしていないものを掘り出して思い出すのは、頭がアルコールに浸かっているとなかなかうまくいかない作業だ。



「ええと……今まで付き合ったことって、ないんです」
「そうなの?一人くらいいそうなのに」
「好きになった人はもちろんいますけどね。なんでか大体、好きになっちゃいけない人を好きになるんです」
「そういうタイプね」
「そういうタイプです」



好きになってから彼女がいるとわかったり、ほかに好きな人がいると発覚したり。いつもそういうのばかりだったから、告白すらしたことがない。ただ見つめて恋心を募らせて、しぼむのを待つばかりの恋。不毛ね、と燿子に言われた言葉が蘇る。



「好きになってから恋人がいるってわかったりとか。最初からわかってたら好きにならなかったのに!」
「でも、いい男ってたいてい恋人がいるでしょ?」
「そうなんです!そうなんですよ!」



別に高望みをしているわけではない。なんとなく仲良くなって理由もなく惹かれて、恋だと気付いたときにはもう遅い。
久しぶりに青春に浸ったような気分になりながら、矛先を常守さんに向けた。どうせなら若い恋の行方を聞きたい。



「常守さんはどうなの?好きな人とか付き合ってる人とか」
「いませんよ!いまは仕事で手一杯です」
「もったいない、せっかく若いのに」
「いいんです。いずれシビュラで結婚相手を探すかもしれませんし」
「え、それ何?シビュラってお見合いサイトみたいなのも経営してるの?」
「その気になったら、男女での相性診断が出来るんです。相性のいい人を探して紹介してもらって、それからお付き合いするっていうのが一般的です」



……なんと。人類は一周回ってまたお見合いに落ち着いたとでもいうのだろうか。相性がよければ確かに付き合っても楽しいだろうし、話も合うだろう。結婚だって決めやすくなるかもしれない。



「でも……でも、そんなの恋愛じゃないよね!?もっとこう、目があったとか席が隣になったとか、相性とか関係なく、ほら!胸がときめいたり、そういう青春は!?」
「え?さあ……まわりの人は、いいなと思った人がいても相性が悪かったら諦めてましたよ」
「シビュラシステムめ……!酒と煙草を奪っただけでは飽き足らず、人類から青春まで奪うというのか!許すまじシビュラシステム!」
「そうよねえ、そう思うわよねえ。街を歩いてる人たちは、何が楽しくて相性診断なんかしてるんだか」
「そう思います!だって恋ってそんなものじゃないでしょう?私が言っても説得力ないけど!」



こうなったらやけ酒するしかない!食べ終わったお皿を重ねて持って、分析室を後にする。美味しかったという言葉に上機嫌になりつつも、シビュラシステムを信用できないという気持ちが育っていく。許すまじシビュラシステム。とりあえず酒を手軽に買えるようにしろ。


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