いつの間にか白くなっている息が、冬の訪れを教えてくる。季節の移ろいにわびさびなんか感じるはずもなく、ただ寒いと思いながら疲れきった体を動かして家のドアを開けた。今日も母さんに容赦なくしごかれて、毎日が筋肉痛だ。柔道はやっぱりサッカーと使う筋肉が違う。
開けた玄関に見慣れた女物の靴があることに気付いて、わざと音をたてながら靴を脱ぐ。帰ってきたことを知らせるためだ。鞄を肩からおろしながらリビングのドアを開けると、想像通りの光景が広がっていた。



「凰壮、おかえりなさい。今日もお疲れ様」
「おかえりなさい凰壮クン」
「ただいま。母さん、あと10分くらいで帰ってくるぜ」
「ありがとうございます」



暖房がきいているのにソファに寄り添って座っている二人は、まるでそこだけ常夏のようだ。竜持がよく回る口で言いくるめて、恥ずかしがる名前姉が自分のそばにいるように仕向けたんだろう。いつものことだ。
冷蔵庫を開けてスポーツドリンクを取り出し一気に飲み干す。何やら話し合っているらしい二人の話に聞き耳を立てるでもないが、自然と会話が耳に入ってくる。どうら揉めているらしい。



「高校生でもじゅうぶんだと思いますが、やはり大学生になってからのほうがいいでしょう」
「先の話だし、まだいいんじゃない?どうなってるかもわからないんだし……」
「言っておきますが、僕は名前さんを手放す気はありませんよ」
「私だってそうだけど……竜持くん、かっこいいしモテるし」
「名前さんは可愛すぎますよ」



訂正、ただ惚気けてるだけだった。あれだけ親のラブラブっぷりにあきれ果てていたくせに、同じ道を通るつもりか。父さんみたいに俺らをクン付けで呼ぶし敬語だし、どんだけ父親の影響を受けてんだか。まあ俺も偉そうなことは言えねえけど。



「でも……あ、凰壮!凰壮はどう思う?」
「何が?」
「僕たちのことです。いつ親に言おうかと考えているんですが、名前さんはまだ早いとしか言わないんです」
「まだ早いんじゃねえの?考えるのなんか数年後でじゅうぶんだろ」
「それは駄目です、僕にも計画がありますから」



そういや竜持は綿密な計画を練ったり、データを集めるのが好きだった。俺らや名前姉が知らないだけで、名前姉のデータを取ったり二人の人生プランをみっちり考えてる気がする。竜持ならやりかねない。

ふっと、スペインで全員が流れ星のように走り回ったことを思い出す。試合後に抱き合う竜持と名前姉を見ても、母さんも父さんも何も言わなかった。ただの兄弟の抱擁と考えているのか竜持の気持ちを知っているのかはわからないが、探りを入れてもこなかったことをまだ覚えている。



「いつ言うかは知らねえけど、名前姉は竜持と別れてもちゃんと家に来いよな」
「凰壮クン、口が悪いですよ」
「うん、そうする。そうならないように頑張るけど」
「おう。んじゃ、風呂入ってくる」
「いってらっしゃい。入浴剤入れる?」
「めんどいからいい」
「まあ、もう入れてあるんですけどね」
「あっ!そうだった」
「名前さんは相変わらず抜けてますね。来週の約束は覚えてますか?」
「さすがに忘れないよ。竜持くんの意地悪」



名前姉の拗ねたような声と、普段の竜持を知っている人が聞けば卒倒しそうなほど甘い声がドアの向こうに消える。来週……クリスマスか。寒い廊下を歩いて風呂場のドアを開けて、洗濯物をカゴに突っ込んだ。

名前姉と桃山プレデターの面々は、竜持の恋がせいぜい半年程度で実ったと考えているだろう。俺と虎太から見れば二年以上の片思いだが、わざわざそれを言う必要はない。
母さんが名前姉がこの街に引っ越してくると言ったときの竜持の顔は、いまでも鮮やかに思い出すことが出来る。ただ一言、「本当ですか?」とかすれた声で尋ねた竜持を見て、俺と虎太は一瞬で理解した。竜持の恋は終わったのではなく、燻ってるだけだったのだと。



「ただいまー。名前ちゃん来てんのかい?」
「お帰り母さん。もう帰るらしいけど」
「一緒にご飯食べてけばいいのに。名前ちゃーん!」
「はーい!おばさんおかえりー!」



あの甘ったるい空気がぶち壊されて、残念に思ってる竜持の顔が思い浮かぶ。別に二人の邪魔をするつもりはない。一緒に寝てるくせに未だに手をつなぐ程度しかしていない兄と姉の恋を、これでも応援してるんだぜ。目の前でイチャつかれるのはごめんだけど。
飯を作るのを手伝うらしい名前姉の明るい声が聞こえてきて、急いで服を脱ぎ始める。飯はあたたかいうちに食いたいもんだ。


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