アマリージョに勝ってスペイン行きが決まったあと、竜持と名前姉のあいだに何かあったらしい。なんつーか、雰囲気が違う。試合が終わったあとあたりからあからさまだったから、にぶい虎太も何かに気付いているようだった。
バスで当然というように名前姉の隣に座った竜持は、疲れたと言って名前姉の肩に頭を乗せていた。俺ほど疲れてねえくせに。そのまま目をつむってバスの揺れに体を預け、竜持は嬉しそうにすこしだけ顔を動かす。名前姉にふれていることを実感するかのように。
「名前さん、僕、あと半年もすれば卒業ですよ」
「そうだね」
「そうしたら中学生です」
「そ、そうだね」
「いままでのことを思えば半年なんて短いですが、やはり長いですねえ」
「そ、そうだね」
「ああでも、銀河一になるほうが先ですから、半年も待たずにすみますね」
赤くなった名前姉と嬉しそうな竜持。隣に座った虎太もふたりの様子を窺っていたらしく、顔を見合わせてアイコンタクトをした。どうやら竜持の思いが通じたらしい。
そのあと寝てしまった名前姉を優しくなでながら、竜持はそれはもう上機嫌でウインクしてきた。優勝と名前姉、両方手に入れたんだから浮かれるのもわかる。でもその幸せオーラを振りまかないでほしい。俺は疲れてんだ。
しかめっ面の俺を見て、竜持が笑う。
「凰壮クン、そんな顔しないでください」
「で、結局どうなったんだよ」
「姉ちゃんと恋人になったのか」
「まだです。名前さんは可愛らしい方ですから、まだ抵抗があるみたいですね。僕が中学生になるか銀河一になったら気持ちを教えてくれるそうなので、それまでは恋人だとか言わないでくださいね。赤くなる愛らしい顔を見るのは僕だけでじゅうぶんなので」
浮かれすぎだろ。たしかに名前姉は不細工じゃねえけど、絶世の美女というわけでもない。そんなに可愛く見えるのは竜持だけだろう。そう思ったのに、虎太は横で真面目くさった顔で頷いていた。竜持の言葉に同意したらしい。
「……惚れた欲目……」
「凰壮クン、なんてことを言うんですか。名前さんはこんなに可愛くていじらしくて初心なんですから、変なことを言って名前さんを焦らせたりしないでくださいね」
「おい竜持、いきなりはっちゃけすぎだろ」
「自覚してから随分と待ちました。僕を選んでくれたんですから、もう抑えません」
竜持にしては優しすぎる声には、まだ俺には理解できない愛情というものがつまっていた。髪を梳くようになでている指の爪のさきまで、それがたっぷりと込められているに違いない。
いつの間にかバスのなかは静まり返っていて、寝ていた代表以外全員がこの話を聞いていたことに気付く。竜持が動じていないということは、これを見越しての発言だったんだろう。試合をした選手は起きてるのに、ベンチにいた名前姉が寝ているとは、なんだかおかしな光景だ。
不安や恐れや怒りや焦り、悲しみ、楽しさやわくわくするような感覚は、選手は試合で発散できる。気持ちをボールや技で現すことができる。それが出来ずに、体のなかにぜんぶ気持ちを閉じ込めて祈るように試合を見ることしか出来なかった名前姉は、俺たちのぶんまで精神をすり減らしていたんだろう。静まりかえったバスのなか、コーチのわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
「あー……竜持。人のプライベートにとやかく口を挟むつもりはないが、世の中には法律というものがあってだな……」
「心配いりませんよコーチ。名前さんの性格からして、僕から何もしなければ手も繋ぎませんよ」
「そうはいってもだなあ……」
「たしかに僕は子供ですけど、そのぶん純粋ですよ。何いやらしいこと考えてるんですか」
からかうような竜持の声に、コーチがぐっと言葉につまる。にやにやという擬音がぴったりな顔をして微妙にトゲのある言葉をはいた竜持は、名前姉を見たとたん優しい顔になってやわらかそうな頬をなでた。その一連の流れを見ていた高遠が、呆れたような感心したような声で竜持を的確に表現する。
「はあ……ベタ惚れやなあ」
同感だ。