やっぱり自転車を買おう。決意とともににじみ始めた汗をなんとか拭おうと腕を持ち上げるが、両腕にぶらさがったスーパーの袋が反抗するのに負けた。目的は諦めて歩くことに専念しよう。もうすこしで練習場につくから、それまでの辛抱だ。



「姉ちゃん、大丈夫か?」
「ありがとう虎太。もう腕の感覚がないや」
「何やってるんですか。まとめ買いはほどほどにと、昨日言ったばかりなのに」
「安売りしてたから。おばさんだって安いほうが嬉しいでしょ?」



袋が食い込んで真っ赤な線が何本も出来ている腕を、ジャージ姿の三つ子が覗き込む。わだちのような痕をすこしさわると、鈍いような鋭いような独特の痛みが腕を支配した。



「俺たちの自転車貸してやるから、それで買い物に行けよ」
「ううん、今度からほどほどに買うことにするから」
「今日はエビフライか?」
「そうだよ、虎太からリクエストしてくれたでしょ?って、ああ!」



卵買ってくるの忘れた……!崩れ落ちる私を竜持くんが支えてくれるが、ショックでそれどころではない。あれだけ頑張ってここまで来たのに、また引き返さなきゃいけないなんて!
なんという仕打ち……最後に買おうと思ってたのに、すっかり忘れていた。卵がなければエビフライもタルタルソースも出来やしない。

……仕方ない、あの重い袋を引きずってまたスーパーに行こう。



「これ持ってく気かよ。俺たちまだ練習するから、ここで見といてやるよ」
「氷が入ってるしすぐに腐りはしないでしょう。一緒に行きましょうか?」
「ありがとう、大丈夫。すぐ戻ってくるから」
「スーパーならここから五分くらいのとこにもあるぜ」
「虎太は詳しいねえ。あ、地図はいらないよ」
「……」
「そんな無言で落ち込まなくても」



冗談で言った言葉だけど、虎太は地図を書いてくれる気だったらしい。頭をなでてお礼を言って、ひとりでスーパーに向かって歩き出す。凰壮の説明はわかりやすかったし、竜持くんも地図を見せてくれた。
そのおかげで迷わずついて、夕方のセールをやっている人ごみのなかに飛び込む。エビフライのために、必ず卵を買って帰ってみせる!



「で、なんでまたそんな大荷物で帰ってきてるんです?」
「すごい安売りしてて!自分の家のぶんを買い込んじゃったの」
「そんで名前姉、卵は?」
「……あ」



スーパーの袋を覗き込んでいた凰壮が、呆れた顔で袋から目を離す。セールのオンパレードで忘れ去られた当初の目的である卵は、当然のごとくどこにもなかった。肝心の卵はないくせに、まわりにはみっちりと詰まった袋が四つ。



「……虎太からのリクエストを諦めるわけにはいかないわ!必ず卵を手に入れてみせる!」
「目的のためにぐるぐるとたらい回しにされるとは、どこぞのRPGみたいですね」
「これはただの凡ミスだけどな」
「姉ちゃん、俺たちで持つ。だから四人で買いに行こう」



凰壮と虎太で三つ、竜持くんはひとつ。竜持くんは空いた手で私の手を握り、赤い目を艶やかに細めておかしそうに笑った。虎太と凰壮も笑って、私もこらえきれなくなってお腹を抱えて笑う。



「名前さんはドジですねえ」
「なんだかおかしいね。こんなに買い込んで二回もスーパーに行ったのに忘れるなんて」
「ただの間抜けだろ。名前姉らしいけどな」
「エビフライ作るの手伝う。疲れてんだろ」
「そうかも。虎太、一緒に作ろうか」



沈みかけた夕日で長く伸びた影が、ゆらゆらと仲が良さそうに揺れる。さあて、今度こそ卵を買うのを忘れないようにしなくっちゃ。


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