姉ちゃんはどこにいるんだろう。帰ってきてから数時間たってようやく浮かんだ疑問に、ぐるぐる巻きにされた足を動かさないように立ち上がった。
試合に負けた俺たちを慰めてくれた姉ちゃんは、最初に俺のところに来てくれたきり姿を見ていない。いまは竜持のところにいるんだろうけど夜も遅いし、今から帰ると親から電話があった。まだ姉ちゃんが帰ってないとなると、さすがにすこし問題になるかもしれない。リビングを出ると、ちょうど階段をおりてきた凰壮と鉢合わせた。



「姉ちゃんは?」
「だいぶ前に竜持のとこ行ったぜ。まだ帰ってねえのか」
「電話があった。いまから帰ってくるらしい」



誰が、とは言わずとも伝わる。凰壮とふたりして顔を見合わせて、そっと階段をのぼった。もしかしたら姉ちゃんと竜持が仲良くしてる最中かもしれない。だとすれば、余計に親が帰ってくる前になんとかしなきゃいけない気がする。
変な使命感と共に、そっと竜持の部屋のドアに耳を当てた。静まり返った部屋からは、なんの物音もしない。



「虎太」
「おう」



視線で促されてそっとノックをする。小さいけど、これだけ静かだとじゅうぶん聞こえる音だ。たっぷり数秒待っても返事がないことを不思議に思い、今度はもうすこしだけ大きな音でノックをしてみる。返事はない。



「竜持、入るぞ」



思ったより小さな、ドアを隔てた空間ではなんて言ったか聞き取れないかもしれない声が出た。凰壮とアイコンタクトをして、そっとドアを開ける。暗い部屋のなかに細長い明かりが差し込み、俺と凰壮の影が伸びる。もしかして部屋にいないのかと思った矢先、凰壮が固まった。視線の先はベッド。



「……予想外だ」



凰壮のように感想を述べる余裕はなく、赤くなりながら慌てて目を背ける。ひとつのベッドで抱き合って眠る竜持と姉ちゃんは、一目で熟睡しているとわかるくらい穏やかな顔をしていた。いつもは姉ちゃんにさわるのを躊躇っている竜持が、さわっているどころか抱きしめている。見てはいけない場面を目撃してしまった気がして、音がしないようにそうっとドアを閉めた。



「竜持が、負けた試合の夜にこんなに早く寝れるなんてな……名前姉のおかげか」
「お、おう」
「何赤くなってんだ。行こうぜ」



凰壮に続いて静かに階段をおりて、姉ちゃんの靴を普段開けない靴箱に隠す。念のためリビングも見たけど、姉ちゃんがいる証拠になるようなものは何もなかった。あとは竜持の部屋に誰も行かないようにするだけ。虎太はしゃべるなと凰壮に言われて頷いた。たぶん凰壮のほうが誤魔化すのがうまい。
しばらくして、玄関の開く音が聞こえてきた。一緒に帰ってきたくせにお帰りとただいまを言い合って抱き合う両親の姿を、目をそらしながら迎え入れる。



「ただいま。……今日は残念だったね。虎太、怪我の調子は?」
「痛くねえ。早くサッカーしたい」
「安静にしてなきゃ駄目ですよ」
「おう」
「竜持は?また部屋にこもってるの?」
「今さっき行ったらもう寝てた。竜持がこんなに早く寝れるの珍しいから、そっとしといてやって」
「そう。わかった」



俺たちより何倍も負けて悔しい思いをしたことがあるだろう母さんは、凰壮の言葉を疑うことなく頷いた。それにホッとして、慣れない松葉杖をつきながらソファに座る。姉ちゃん、変な時間におきてこなきゃいいけど。



・・・



翌朝、目が覚めたらもう姉ちゃんはいなかった。試合に負けた翌日にしてはそこまで落ち込んでいない竜持が、熱心にボールを追いかけているのが目に入る。凰壮が眠そうに何度もあくびをしていたから、親が起き出す前に姉ちゃんを帰そうと何かしたのかもしれない。あの竜持をここまで立ち直らせるなんて、姉ちゃんはすごい。

だがそれ以降、姉ちゃんはぱったりと来なくなってしまった。たぶんあの出来事が恥ずかしくなったんだと思う。その日から竜持はだんだんと荒み始め、機嫌も悪くなった。さわらぬ竜持に祟りなし。
その後しばらくして、久しぶりに姉ちゃんが練習を見に来てくれた。その晩の竜持の機嫌の良さといったらもう、やっぱり竜持は姉ちゃんのことがすごく好きなんだと見せつけられた気分だった。


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