今日はずいぶんと冷える。いくら暦のうえでは春で気温が高くなりつつあるとしても、夜は肌寒い。乾燥しているのだろう、のどの渇きに気付いて椅子から立ち上がった。すこし集中したいことがあって部屋にこもったけれど、名前さんは何をしているだろう。凰壮クンとテレビでも見て笑っているのかもしれない。
ひんやりと冷たい廊下にスリッパの音が響く。窓から見える空は暗く、まだ日が沈むのが早いのを実感させられる。そっとリビングのドアを開くと、ソファに座って寝ている名前さんがいた。
「名前さん?こんなところで寝ていると風邪をひきますよ」
控えめに声をかけてみるが起きる様子はない。すうすうと寝息をたてている名前さんの乱れた髪をそっと耳にかけ、自分の部屋へ戻った。なんでも色分けされた持ち物のなかから緑色のタオルケットを取り出して、またリビングへの道を辿る。ドアを開けると、同じタイミングでそれぞれ違うところから来た兄弟と鉢合わせた。
僕は廊下から、虎太クンは庭から、凰壮クンは台所から。それぞれの手には、色だけしか違いのないタオルケット。いくら三つ子とはいえここまでタイミングが合うとは、もはや呪いに近い気さえする。
「竜持、それかけてやれよ」
「俺たちのことは気にすんな」
「いつも思いますが、二人ともなかなかに気を遣いますね」
「だって竜持、隠す気ねえじゃん」
「凰壮クンは鋭いですねえ」
「姉ちゃん、塾の問題といてた。眠くなったんだと思う」
「でしょうね、これを見るかぎり」
しわになりそうな紙切れには、ミミズのような名前さんの文字が書き連ねてあった。半分寝ながら書いたのだろう。握り締めたままだったシャープペンシルをそっと取り、タオルケットをかける。
いつもは優しく明るくきらめく目は閉じられており、よく変わる表情も、いまは心地いい安眠を享受することを第一としている。すこしだけふれた手が冷たくて、エアコンをつけようと立ち上がった。
「ん……あれ……竜持くん?」
「起こしてしまいましたか、すみません。まだ寝ていても構いませんよ」
「んー……」
エアコンが鈍い音をたてて起動する。設定温度をあげて風が直接あたらないよう調節して、まだ夢と現実の狭間をさまよっている名前さんにタオルケットをかけなおす。もぞもぞと動く名前さんは一番楽な体勢を探し、最終的にこてんと横になってしまった。
丸まって寝る様はまるで猫のようだ。僕たちに対する献身的な態度は犬のようですけど。
「喉とか撫でたら鳴きますかねえ」
「前から思ってたけど、趣味悪いぞ」
「姉ちゃん、猫みたいだ」
虎太クンも同じことを思っていたのか、タオルケットを放り出して名前さんをじっと見つめる。そうっと起こさないように頬をさわる手つきは、すこしでも手荒に扱ったら壊れてしまう芸術品をさわるかのようだ。凰壮クンも乱暴に見せかけて優しく、名前さんの乱れた髪をなでつける。
「姉ちゃん、竜持にしか気付かなかったな」
「ほんと、俺たちはお邪魔虫ってか」
「馬鹿なこと言わないでください。僕の前では、名前さんは二人の話しかしませんよ」
「俺らの前では竜持の話ばっかだけどな」
名前さんがもぐもぐと口を動かしながら体を動かす。夢のなかで何か食べているのかもしれない。
顔の温度が上昇しているのは実感しているし、二人にもバレているだろう。名前さんは寝ていることが救いだけど、起きて僕の気持ちに気付いてほしいとも思う。ほんのすこしだけ。