「ですから何度も言っているでしょう。どうしてそんな可愛らしいことばかり言うんですか」
「言ってないよ。それに、そんなことなら竜持くんのほうが言ってるじゃない」
「ボクは本心を言っているだけです」
「私だってそうだよ」
「……で、今回はどうしたんだよ」
渋々、という言葉がぴったりな顔で、凰壮が私と竜持くんのささいな言い争いのなかに入ってきた。いつもなら我関せずで自分の部屋に行ってしまう凰壮だが、今はリビング以外の部屋のクーラーが壊れてしまっているという状況だ。
うだるような暑さの二階に行くか、ここで私と竜持くんの声をBGMに涼しく過ごすかの二択を迫られて、凰壮は違う道を選んだらしい。私と竜持くんの喧嘩とも言えない喧嘩を止めて、静かで涼しい部屋でくつろぐという第三の道を。
「凰壮クン、聞いてください。どこかにデートに行こうと誘ったら、中学受験の邪魔はしたくないから部屋で勉強してすごそうと言うんです」
「それのどこが問題なんだよ」
「こんなにいじらしいなんて反則でしょう。サッカーならレッドカードで一発退場ですよ」
……呆れて言葉も出ない人間の顔を、初めて見た気がする。凰壮は太い黒マジックで「くだらない」と書いてあるような顔を私に向けた。さすがにこんなことで言い争っているのは恥ずかしいが、ここは譲れないのだ。
「竜持くんの邪魔はしたくないの。だから、」
「邪魔だなんて思ったことがないですよ。デートで行く場所を考えて、プランも立てたんですから」
「え?」
「ですからOKしてくれないと、ボクの時間が無駄ということになってしまいます」
甘ったるい声で私の名前を呼ぶ綺麗なラインの喉がふるえて、サッカーをしている割に白い指がそっと伸びてくる。指先にそっと竜持くんの指がふれ、ゆっくりと絡められた。クーラーがきいているはずなのに暑い室内のせいで、顔が赤くなってしまう。
なんとか断る口実を探そうと視線を泳がせると、それすらわかっているというように行く先を塞がれた。
「駄目ですよ。ボクのお願いを聞いてください」
「でも……デートとかしちゃうと……その」
「何ですか?」
「もっと好きになっちゃう、かも……」
湯気が出そうな顔をなんとか隠しながらそれだけ言うと、ゆっくりと動いていた竜持くんの指がぴたりと止まった。
数秒後、指だけではなく手ごとつつまれ、竜持くんの顔が近付いてくる。その頬と耳たぶは赤かった。
「安心してください。ボクのほうがもっと好きになっていますから」
「竜持くん……」
「……俺のいないとこでやってくんねえ?」