ざあざあと降り出した雨に寒さを覚えて、パソコンから目を離して窓の外を見る。日が落ちるのがすいぶん早くなったことにくわえ、分厚い雲が空を隙間なく覆っていて、外は真っ暗だった。雨粒は大きくて風も強い。
名前さんは大丈夫だろうかと心配になったとき、玄関が勢いよく開いた音がした。こんなふうに開けるのは凰壮クンだ。



「凰壮クン、傘を持って行かなかったんですか?今朝あれほど、」
「竜持くん!ごめん玄関が濡れちゃっ……くしゅん」
「名前さん!」



廊下を濡らされてはたまらないと階段から覗き込んだ玄関には、びしょ濡れの名前さんがいた。慌てて階段をおりて名前さんのもとへと駆け寄る。



「こんなに濡れて……!どうしたんですか」
「傘持ってくるの忘れちゃって……こっちの家のほうが近かったから走ってきたんだけど、まさかこんな土砂降りになるなんて思ってなくて」



申し訳なさそうに恥ずかしそうに笑う名前さんに、慌ててバスタオルを持ってきて渡した。服も髪も濡れていて、体は寒そうにぶるぶると震えている。ぽたぽたと水の滴る髪を出来るだけ優しくふくと、名前さんはまたくしゃみをした。



「いまお湯をわかしています。濡れた服は乾燥機に入れて乾かしてくださいね」
「ありがとう。……ごめんね、迷惑かけちゃって」
「そんなこと思ってもいませんよ。あらかた拭きましたし、お風呂に入ってあたたまってください」
「うん」



ふれた頬も手も、驚くほど冷たい。いつもなら遠慮するのにあっさり頷くところを見ると、思っている以上に冷え切っているらしい。
エスコートするように名前さんの手を握ってお風呂場まで案内する。ゆっくり浸かってくださいね、と言い残して出て行ったあと、ふと気付く。お風呂場には名前さん。家に二人きり、誰かが帰ってくるまであと二時間はある。



「──何を考えているんでしょうね」



皮肉を言うときの声色が口から漏れる。よからぬ考えを振り切るように頭を振って、脱衣場のドアをノックした。中から慌てたような名前さんの声が聞こえてきて、寝てはいないようだと安堵のため息をつく。



「名前さん、乾燥機の使い方はわかりましたか?」
「うん、何とか」
「よかった、寝ているんじゃないかと心配で」
「実はちょっとうとうとしてたの。ありがとう」
「──覗いたりしないので、中に入ってもいいですか?乾燥機の音で名前さんの声がよく聞こえないんです。また寝ないか心配ですし」
「え?あ……うん」



照れたような戸惑ったような声が許可を出したのを聞いて、そっとドアを開ける。ちょうど何も入っていない洗濯かごをひっくり返して、その上に座った。曇りガラスの向こうで、湯船のなかで泳ぐお湯の音と、黒いシルエットが動く。



「乾燥機、あと20分ですよ」
「のぼせちゃいそう。竜持くん、勉強はいいの?」
「休憩です。ちょうどいいタイミングでしたよ」
「私もご飯作ったら勉強しないと。塾のテスト、いまいちだったの」
「名前さんは凡ミスが多いですからね。計算間違いとか、漢字のちょっとした間違いとか」
「見直してはいるんだけど……」
「僕はそこを可愛いと思っていますよ」
「こんなの可愛くたって仕方ないもの」



拗ねたような声と、ばしゃんというお湯の跳ねる音が聞こえてきて、思わず笑う。どうやらテストの点数は、僕が思っている以上によくないらしい。
僕としては、これ以上頭がよくなったり可愛くなったりしないでほしいんですが、現実はそううまくいかないみたいです。子供じみた独占欲だとわかっているから、何も言いませんけど。



「最近頑張りすぎたから疲れたんじゃないですか?今日のごはんは僕が作りますから、そこであたたまっていてください」
「だ、駄目!私が作るから大丈夫!」
「でも、あと20分は出られませんよ?裸で出てくるというなら別ですけど」
「う……!」
「本当に簡単なものを作るだけです。親子丼にでもしましょうか」
「……いつ、料理を作れるようになったの」
「名前さんに釣り合うように練習したんです」



どうやっても縮まらない年の差。いくら僕が背伸びしたって大人びていたって、彼女は僕の知らない世界に5年も早く飛び込んでいってしまう。
ただでさえ努力家で世話焼きで可愛らしいのに、新しい世界でもっと魅力的になってしまったら困る。たとえ虎太クンと凰壮クンに惚れた欲目だと呆れられても、実際そうなんだから心配するのも当たり前というものだ。



「……ねえ竜持くん」
「なんですか?」
「ありがとう。大好き!」
「僕も、好きですよ」



それから一言二言、たわいもない話をしてから親子丼を作るために台所へと向かう。誰が見ているわけでもないのに出来るだけ普通の顔をしてリビングのドアを開けて閉めて、肺の底にたまった空気を吐きだした。
あんなシチュエーションであんなことを言うなんて、一発退場のレッドカードだ。僕でなかったら確実に襲われていたに違いない。それなのに、そんなところでさえ名前さんの可愛いところだと思ってしまう僕は、傍から見たら恋に浮かされているように見えるのだろう。あながち間違ってもいないけれど。
甘酸っぱい桃色のような空気を心臓から吐き出して、時計を見る。名前さんがあがってくるまであと15分。出来るところまで料理をしてしまいましょうか。腕まくりをして包丁を握って、玉ねぎを切り始める。出来上がった料理をおいしそうに食べる名前さんの姿が浮かんで、ふっと頬がゆるんだ。


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