目標がなかった私の人生に、うっすらと道らしきものが出来はじめた気がした。まだ具体的には何も決まっていないし、前に道があると錯覚しているだけなのかもしれない。自分の気持ちだけを頼りに荒れ放題の茨の道を切り開いて進んで、ふっと振り返ってみると道が出来ているような、そんな感覚。
勉強をしようとしているのは、それをすることで選択肢が広がるからだ。私は光り輝くトップスターにはなれないけど、堅実に道を歩むアイドルにはなれる。気がする。



「名前さんは最近張り切っていますねえ」
「竜持くんは休憩?」
「ええ、すこしばかり。名前さんも一緒にどうですか?」
「そうしようかな」



こうして三つ子の家にお邪魔して勉強しているのはおばさんやおじさんがいない時が多くて、そういう時はたいてい竜持くんしかいない。虎太はサッカー、凰壮は柔道。家の中でやりたいことが出来るのは竜持くんしかいない。
ふたりして一緒に勉学に励むと、やる気がじわじわと湧いてくる。竜持くんが手馴れた様子でお湯を沸かし、ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを作った。立ち上がって台所へ行き、コップを取り出して渡す。



「前はやりたいことなんてないと言っていたのに、何かやりたいことでも出来たんですか?」
「んー……数学者って、なるの難しいんでしょ?」
「そう言われていますね」
「幸い私のほうが年上だし、早くお金稼いで貯めておくよ。竜持くんが無一文でも生活できるように」



お母さんみたいに医療関係に就職すれば手に職もあるし、どこに行っても困らないだろう。だけど大雑把な私が人の命の一端にふれるなんて恐ろしいことは出来ない。それに夜勤が怖い。幽霊なんて信じてないけど、絶対に認めないけど。心霊番組などを見て怯える虎太と一緒に寝て、救われたのは私のほうかもしれないと考えるくらいには、苦手意識を持っているけど。
竜持くんがコーヒーに口もつけず、台所に突っ立ったまま私を見つめる。もしかして砂糖を入れすぎてしまったのかもしれない。



「私のと取り替える?あんまり砂糖入れてないよ」
「そうじゃなくて。──名前さん、そういう意味だと思っていいんですか?」
「そういう意味?」
「僕らには親がいます。恥ずかしい話ですが、数学者として独り立ちするまでは、親の脛をかじることになるかもしれません」
「竜持くんがそんなこと言うなんて珍しいね」
「言いたいのはそこじゃありません。名前さんが僕を養う義務は一切ないと言ってるんです」
「──あ」



そっか。そういえばそうだ。何でこんなことを考えていたんだろう。目から鱗という言葉を初めて体験したような気分になりながらコーヒーを飲んで、ふうっと息を吐き出す。
なんだ、じゃあそこまで勉強することはないんじゃない。せっかくやる気も目標も出来たからこのまま頑張り続けるけど、気負いすぎた力が抜けた気がした。



「名前さん、僕は父を越える数学者になるよう努力します」
「うん、応援してる」
「ですから、僕のそばでずっと応援していてくださいね」
「もちろんだよ」



竜持くんなら有言実行しそうで、いまから楽しみなような心配なような。無理しないでね、と頬にふれると、そのまま手を握られた。目を閉じて手に擦り寄ってくる頬は、まだやわらかくてあたたかい。コーヒーを置いて、もう片方の手も伸ばす。そうするのがわかっていたかのように手を握られ、そっと笑いあった。竜持くんがおだやかな顔をしているのが、ただ嬉しかった。


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