「それでその男と定期的にデートしてるの?」
最近のなまえが明るくなった理由を聞いた友達は、どこか呆れながらなまえを見つめた。
顔立ちも服装もスタイルも、平凡といえば平凡だったが、なまえを可愛いと思う男が大学の中ですら数人はいることを知っている。いままで合コンや飲み会すら断ってきたなまえを見やり、さわがしい学食の、食べ慣れた最後の一口を咀嚼した。
「意外とロマンチックだったんだね。そういう出会いを求めてたんだ」
「そう言われると否定できないけど。カラ松さんがいい人だったから」
カラ松が服装に気を使っており、それに自信を持っているということは、なまえとて一目でわかった。磨きあげられた靴が汚れても、革ジャンに鳩の羽根があたっても、髪が乱れても、カラ松はなにも言わなかった。ただなまえのことを気遣い、恐怖が消え去ったかを第一に考える瞳には、優しさがあふれていた。
服のことを謝ると、本当に気にしていないと笑ってくれる。クリーニング代も受け取ってもらえなかった。だからせめてものお礼にと食事を贈りたかったが、それすら先回りしてお金を用意されてしまった。
カラ松といると楽しかった。それがカラ松と会う理由で、それだけでじゅうぶんだと思えるのだが、自分を安売りしてはいけないと諭されては、そういうものかとも思ってしまう。
「あんたってちょっとぼーっとしてるところあるから。なんでも男に決めさせちゃだめよ。たまには自分で主導権握って、小悪魔になってやらないと」
ドラマなどで植えつけられた、薄ぼんやりとしたはっきりしない小悪魔というものを思い浮かべるが、うまくいかない。ぬるくなったパックのジュースを飲み干しながら、なまえはいくつか例を挙げた。
「カラ松さんって遠まわしによくわからないことしゃべるから、それをやめてもらったし、変な服着てくるのやめてくださいって言ったけど、それって小悪魔?」
マイペースに見えて自分の意見は通すなまえの性格を思い出し、友人は余計なお世話だったと口をつぐんだ。
首をかしげるなまえにはっきり返事をしないまま、時計を示して食器を片付けはじめる。ゆっくりしすぎたことを悟ったなまえも、友人にならって立ち上がったが、小悪魔という言葉は心に沈み込んだまま消えなかった。
なまえとデートをするときのカラ松は、もうスパンコールのついたパンツははいてこなかった。
自分の顔がプリントされた服も、出会ってすぐ没収されて以来着ていない。タンクトップを着ていた日は水族館へ行く予定で、カラ松も楽しみにしてお金を貯めていたのに、急遽ショッピングに変わった。チケット代は服へと変わり、落胆するカラ松の背中をなまえはさすった。
「水族館へ行く日は、今日買ったのを着てきてくださいね。写真も撮って、パンフレットも持って帰らないと」
今日できるはずだったひとつひとつを口にするなまえは、歌うようにカラ松を覗き込む。
「またカラ松さんに会う理由がひとつ出来て嬉しい」
そう言われて舞い上がらない童貞はいない。カラ松の機嫌がなおったのを見て、なまえは目を細めて微笑んだ。
「甘いもの食べて帰りませんか? 連れ回して悪かったですし、今日はわたしが」
「それはだめだ。お金を出すのは男であるオレの役目だ。それに、そうすれば少しでもきみを引きとめられるだろう」
カラ松が幸せに頬をゆるめ、とろけるように目を細める。その仕草は先ほどのなまえと同じだったが、カラ松の瞳はたしかに恋慕を含んでいた。
「きみはいつも可愛らしく、よく似合う服を着ている。オレのパーフェクトファッションとは系統が違うようだが、少しずつきみに近づいていけば、きっと胸を張って並んで歩けるだろう」
まだ遠まわしだったが、カラ松の好みとなまえの望みの折衷案である服を探そうということは伝わった。切ないほど大事にされていることも、甘い視線の奥のまだ火種になったばかりの愛慕も、すべてが余すことなくなまえへと注がれる。
問題は、それらについてカラ松が無自覚で、惜しみなくカラ松のすべてが与えられたなまえもまた、己が相手へ向ける視線については考えたことがないという点だった。
カラ松がそれを告白したのは、出会ってから半年たった、冬に近い秋のことだった。
なまえとカラ松の付き合いは順調にすすみ、月に何度も会うことが日常の一部となっていた。些細なことをひとつひとつ積み重ね、それをふたりで思い返しては幸せを共有して笑いあう。
カラ松は、これ以上なまえにニートであうることを隠し通すのは無理だと感じていた。なまえには嘘をつきたくなった。
カラ松がなまえと向き合う場所に選んだのは出会った公園で、彼なりのけじめのつもりだった。最近のカラ松が考え込んでいることを知っていたなまえも、緊張して黙り込む。
もう鳩はいないベンチに腰かけ、足元から忍びよる寒さに気づかないほど、カラ松はどう切り出すか考え込んでいた。
「オレの兄弟のことは、知っているだろう」
カラ松に幾度となく語られた兄弟のエピソードを思い出しながら、なまえは頷く。カラ松のおかげで、それぞれの名前とイメージカラーまで覚えてしまった。
「実は全員ニートなんだ」
「え」
「全員ニートなんだ」
衝撃の言葉がなまえの頭を殴打して、それだけでは飽きたらないとばかりに踏みつけてくる。
まだふらついて機能しない脳みそのかけらを拾い集めて、カラ松の兄弟を思い浮かべる。カラ松を入れて六人、六つ子であったはずだ。
自分より年上の男が、揃いも揃ってニート。それはなまえに想像以上のダメージを与えた。真っ白な頭で、祈るようになまえの言葉を待っているカラ松にかける言葉を探す。
「たしか、トド松さんはバイトしていたんじゃなかったですか」
「でもニートなんだ」
「それフリーター」
カラ松の首が傾き、なまえの言葉が日本語ではないかのような反応をする。ようやく衝撃から立ち直ったなまえは、気になることを思いつくまま質問する。
「カラ松さん、わたしと遊ぶためにバイトしてるって言ってたじゃない。それって、少なくとも引きこもったり親のすねをかじってるのとは違うってことですよね」
「親のすねはかじってるんだ。まだかじりたい」
あまりにも正直な物言いに、なまえはなんだか笑ってしまった。
なまえの知るカラ松は素直で、隠し事ができずに、すぐ顔に出た。思い返せば、ニートだということに気づくヒントはあちこちに散りばめられていたのに、見逃してしまっていた。
「でも、カラ松さんはバイトしてるし、もっとしてほしいって言ったら、してくれるでしょう」
「もちろんだ」
カラ松は自信たっぷりに頷き、なまえの様子をうかがった。ニートだと告白したら、もう会えなくなってしまうかもしれないという恐怖が、ようやく消えていく。
なまえはカラ松たちの人生を否定したわけでも肯定したわけでもないが、二度と見られないかもしれないと覚悟していたなまえの笑顔をもう一度見られたのだから、これ以上ないほどの幕引きだった。
「それで、次は」
カラ松の言葉に、なまえが習慣でバッグから手帳を取り出す。
カラ松は携帯電話を持っていなかった。実家の固定電話にかけることはさすがに勇気が必要だったなまえは、いつも次に会う日を決めてから別れていた。
次の予定を確認したなまえは、しばしためらう。五日後があいているが、この告白を飲みこみ、この先どうするかを決めるには頼りない日数だ。
「レポートと飲み会がつまっていて、十日後くらいになるかもしれないです。もし行けなくなったら、また手紙をおいておきますね」
合図は、松野家の電話へワンコール。松代が毎週買い物に行き、ニートたちはまだ寝ている時間。それを聞くとカラ松はこの公園へやってきて、すみっこの木に結びつけられた手紙を手にするのだ。
なまえの提案でよければ返事なし、なにかあれば手紙を返したり、そのままなまえのことを公園で待っていたりする。秘密の文通はカラ松にもなまえにも合っていて、その日は密かに心を躍らせて一日をすごすのだ。
カラ松と別れ、ひとり家路をたどるなまえは、いつになくカラ松に頭を支配されていた。
カラ松の言い方から察するに、単にどうしようもなく働きたくないだけだろうと、自力で正解にたどり着く。
だがカラ松は、自分のためなら働いてくれると言った。バイトの域から出るのかはわからないが、なまえのために自分を変える意思はあると口にした。
それは、かなり望みがあるのではないだろうか。
あとはカラ松本人に聞いてみるしかないところまで考えたところで、一人暮らしの部屋にたどりつく。カラ松と会うのは五日後でよかったと後悔したなまえは、素晴らしいことを思いついて顔を輝かせた。
「そうだ、会いにいけばいいじゃない」
五日後、自分の欲望に従って素直に行動したなまえは、カラ松に教えてもらった住所のメモを見ながら家の前まで来ていた。ビルに囲まれた昔ながらの家を見上げる。ここがカラ松の生まれ育った家かと思うと感慨深い。
ここまで来たものの、なまえはチャイムを押してまでカラ松に会おうとは思っていなかった。松野家は自分の気持ちを整理するためのキーアイテムであり、単にカラ松の家を見てみたかっただけであり、会えなければそれでいいという自己満足だった。
カラ松は、自分のことをどう思っているのだろうか。
初めてそれに思い至ったなまえに気がついたように、二階の窓があけられる。ツナギを着たカラ松が顔を出し、格好をつけてサングラスを外したところで、なまえと目があった。
カラ松が、かすれた声でなまえの名を呼ぶ。なまえは、どう言えばいいかわからず、はにかんで「来ちゃった」とつぶやいた。
声が聞こえる距離ではないのに、様々な気持ちがあふれてかすれた声が、お互いの耳に鮮明に届いた。
カラ松がはじかれたように走り出し、玄関を乱暴に開ける。照れて笑うなまえが変わらずそこにいることを確認し、カラ松の体から力が抜けた。
「いきなり来ちゃってごめんなさい。カラ松さんと会えるなんて思っていなかったけど、どうしても我慢できなくて」
「オレも会いたかった」
気取らず、格好をつけず、自然と口をついて出た本音は、カラ松の幸福で溶けた心とともになまえへ届けられた。受け取ったなまえは、これ以上ないプレゼントを受け取ったように笑む。
「もし時間があれば、お話してもいいですか?」
「もちろんだ」
もちろん、これに気付かず見逃す兄弟ではない。あっという間に家にあげられ、ちゃぶ台の前に座らせられ、根掘り葉掘り聞かれることになったなまえは、目を白黒させた。
カラ松はカラ松で可愛いなまえのことを自慢したくて仕方がなく、止める気配はない。
仕方なくひとつひとつ質問に答えていったなまえは、それぞれ個性はあるものの顔はそっくりな六つ子を遠慮なく眺めた。頭のなかで、カラ松から教えられた情報を思い出し、目の前の六つ子と重ね合わせていく。
「くっそー、絶対カラ松の気のせいか幻かドブスだと思ったのに。こんな可愛い子と知り合うなんて思わないじゃん」
「言っただろ、おそ松。なまえはニートなオレすら受け入れてくれたエンジェルだと」
カラ松の言葉に、ここへ来た目的を思い出す。なまえが立ち去る気配のない六つ子にようやく居心地の悪さを感じると、トド松がすぐに気がついた。
「ごめん、兄さんたちうるさいよね。よかったらアドレス交換してくれない? カラ松兄さんスマホ持ってないし、いざとなったらボクが橋渡しするよ」
「結構です」
あまりの即答ぶりに、おそ松やチョロ松が爆笑する。ふたりが涙まで浮かべて笑い、トド松がそれに怒っているのを気にせず、なまえの瞳はカラ松だけをとらえる。
「わたし、カラ松さんと話をしに来たんです。ちょっと出かけてもいいですか?」
「俺たち出てくし、ここで話せば?」
おそ松が言い出したのは、善意などではない。わざわざ尾行するのもめんどうくさく、聞き耳をたてるつもりで提案したそれを、カラ松は好意で受け取った。
恐縮するなまえに、責任など感じさせない軽さで出ていったおそ松たちは、六つ子らしい意思疎通で壁に張り付く。トド松はスマホの録音アプリを起動させた。
「カラ松さん、いきなり来ちゃってごめんなさい」
「いや、来てくれて嬉しいんだ。会えないかと、公園に行くつもりだった」
なまえは頬を嬉しさに染めながら、忘れないうちにと本題を切り出した。
「カラ松さんはニートなんですよね」
「そうだ。毎日気ままに暮らしている」
「でもバイトしてるんですよね」
「ああ。肉体労働は合っているみたいで、思ったより長く続いているぞ」
なまえはバッグから、カラ松への手紙にしたためるのに使っている便箋とペンを取り出し、要点がわからずにいるカラ松へ差し出す。
「カラ松さん、したいことを書いてみてください。いまと、冬と、半年後の」
なまえが突拍子もないことを言うことに慣れていたカラ松は、なまえの細い指からペンを抜き取り、迷うことなく文字を書き連ねた。
一分ほどたって、カラ松は紙を差し出した。右上がりですこしばかり角ばった、なまえにとっては見慣れた文字。
そこには、水族館、イルミネーション、散歩と書かれていた。補足を求めてなまえが顔をあげると、カラ松が心得たようにしゃべりだす。
「まずは水族館だ。ずっと行けなかっただろう」
延期になっていた水族館をまだ引きずっていることを知り、なまえが吹き出す。
「そんなに行きたかったんだ。なら、次に行きましょう。楽しみですね」
目を輝かせて何度も確認してくるカラ松に、なまえが舌の上で笑いを転がしながら頷く。髪を耳にかけ、次はイルミネーションの文字に指を置いた。
「冬は、どこもイルミネーションで飾り立てるだろ。もちろん見たことはあるが、女性と行ったことはなかった。だから一緒に行きたいんだ」
「冬の定番ですもんね。三番目の、散歩ってなんですか」
「春、それはふたりが出会った季節だ。あの日散歩していなければ、偶然あの公園に行かなければ、出会うことはなかっただろう。だから、あの公園でもう一度ゆっくりと、ふたりで語り合いたかったんだ。今度は最初から白い悪魔から守るから、こわくないぞ」
「カラ松さん、わたしのことばっかり書いてる。そうじゃなくて、やりたいことです。たとえば、一曲作り上げるとか」
カラ松はしばし考えたすえ、頭をふった。
「いまオレが最もしたいこと、楽しいこと、それはエンジェルと一緒にいることだ」
「エンジェルはやめてください」
「アンジェロ」
「天使から離れて」
「ほら、オレと同じように、やりたいことを書いてみてくれ。参考にする」
新たな紙とペンを受け取ったなまえは、優しい微笑みにすっかり流されて、両手で頬を包んで考え込んだ。
単位や資格の習得、飲み会、ゼミ。やらなければならないことは山ほどあるが、やりたいことではない。ひとまず目先のやりたいことを指折り数え、一番を書く。
「水族館」
読み上げたカラ松の顔が、ゆっくりと変化していく。なまえとの意見が一致したことや、自分を見る目が優しく慈愛に満ちていたこと、わざわざ家を尋ねてきてくれたこと。それらが弾けんばかりに膨らみ、圧縮されひとつの感情になるところで、なまえが恥らいながら口をひらいた。
「わたしも、カラ松さんと水族館、行きたかったから」
圧縮されるはずだった感情はポップコーンのようにはじけ、収集がつかなくなった。散らばった様々な感情を必死に拾い集めているカラ松のことなど知るよしもなく、なまえは次の欲望を書き出す。
「じゃーん、次はケーキです。クリスマスって、ホールケーキを注文したりするでしょ? ずっとしてみたかったんだけど、ひとりじゃ食べきれないから、一緒に食べてほしいの」
「ならば、オレの欲望であるイルミネーションを添えるのはどうだ」
「いいですね。カラ松さん、ホールケーキ食べられますか?」
自信はないまま自信たっぷりに頷くカラ松が、一ヶ月は前から甘いものを断つ算段をしていることには気付かず、なまえは最後の望みを大切なもののように記した。
お花見、と書かれたそれに、カラ松は破顔した。
「いい案じゃないか」
「カラ松さん、毎年お花見に行くところがあるって言ってたから。わたしもそこに行ってみたいと思ってたんです」
「咲き誇る大輪の花には、桜も恥じらって顔を隠してしまうだろう。それでもいいか」
「何言ってるかわかんないです」
いつものやり取りに、わかりやすく言い直す気もなく、カラ松はなまえの書いた紙を何度も眺めた。文字を指でなぞり、顔をほころばせる。
「これではオレと同じだ。オレのことしか書いてないぞ」
ようやくカラ松と同じことをしていると気づいたなまえは、顔を赤らめて紙を奪い返そうとしたが、腕の長さがたりなかった。
珍しく意地悪なカラ松に、なまえは立ち上がって紙を取ろうとしたが、同じく立ち上がったカラ松との身長差でかすりもしない。
カラ松のツナギを掴み、一生懸命跳ねる様子が微笑ましい。跳ねた拍子にバランスを崩したなまえをよろけもせず受け止め、身長差ゆえに上目遣いになっている瞳を覗き込んだカラ松は、なまえの気をそらせる一言を発する。
「これを書いて、なにを言いたかったんだ?」
なまえがはたと気づき、カラ松の腕のなかで動きをとめる。
「つまり、これだけしたいことがあったら、お金は定期的に安定して得るのが一番ですよね」
「そうだな」
「だから、バイト増やして、できたら契約社員とかになりませんか。わたしの卒業と同時に、目指せふたり同時正社員とか」
カラ松からの返答はなく、なまえは顔を上げられなかった。
いくらなんでも、深入りしすぎた気がする。カラ松が優しいから甘えていたが、機嫌を損ねてしまったかもしれない。
焦るなまえの脳裏で、ずっとこびりついていた言葉が存在を主張する。
小悪魔。
男を手のひらの上で転がして、思いのままにしても許される存在。
「バイト増やしたら、わたしの好きなとこ、さわっていいとか」
カラ松が急に動き、なまえはようやくカラ松の腕のなかにいたことを思い出した。
体勢が崩れたカラ松を支えたなまえは、間近で紅に染まる顔を見た。同時に、自分の発言を思いだして、伝染したように頬が赤らむ。
「いつもカラ松さん、手が当たったとか、危ない自転車が通っただけなのに肩がふれたとか、すごい謝ってくるから。だから、バイト増やしたら手にふれても気にしないとか、そういうのです」
「望む男になったら、褒美をくれるのか」
「そういうことです」
それぞ小悪魔という言葉に頷く。もはや頭が茹だって、手のひらで転がしているのか転がされているのかわからなかったが、ふたりの心臓がうるさいことだけは確かだった。
「くちびるにふれたい」
遠まわしなキスしたいという欲求は、なまえはおろかカラ松すら把握できないまま口からこぼれ出た。
「いいですよ」
グロスは塗っちゃだめだなぁというなまえの呑気な感想にふさわしく、カラ松もこれまた呑気に、さわるときは手を洗わなくてはな、と考えていた。
それからようやく、ずっと抱き合っていたままだということに気がつき、どちらからともなく離れた。
「いまさわってたのはノーカンですよ、ノーカン」
茶目っ気をたっぷりふくんだ目と目があって、やわらかな忍び笑いが部屋を満たしていく。それを聞いているのは、幸せなふたりと、外で聞き耳をたてて瀕死になっている五人だけだった。