12月である。12月といえば、クリスマスである。
 文化祭が終わったあとから、銅橋の頭の片隅から、クリスマスという単語が離れなかった。去年は、真波と名前と銅橋の三人でプレゼントを交換するという名目で、実質は名前と銅橋の橋渡しのようなものだった。自分の用意したものと違い、上質なマフラーを贈られたことを思い出し、銅橋は懐かしさに頬をゆるめた。
 あの時になってもまだ名前の愛の深さに気付かず、事あるごとに驚いていたのが懐かしい。
 今でも、ときおり想像の斜め上をいく名前に驚くことがある。そんなときは珍しく真波が止め、銅橋が呆れ、名前がふたりを巻き込んで突進していくのだから、この三人もなかなか友人らしくなってきたと思う。
 そんな銅橋だから、真波に相談するのも、以前ほど気恥ずかしく思うことはなかった。クリスマスをどうしたらいいかという、大雑把な悩みに、真波は不思議そうに首をかしげた。

「名字さんを誘わないの?」
「誘うけど、誘っていいのかっつーか、プレゼントとか、どこ行くかとか、その日も部活だしよ」

 この期に及んでもまだそんなことを言う銅橋に、真波は数秒ほど考えたのち、あっさりと事実を口にした。

「後輩のマネージャーたちがちょっとしたパーティーするから、名字さんを誘おうかって相談してたよ。はやくしないと、名字さんそっちに行っちゃうと思うけど」

 あまりに予想外のことにかたまる銅橋に、さらに追い討ちがかけられる。

「名字さん、後輩に人気あるんだよ。選手に雑用でもさせようものなら、すごい剣幕で怒るし、前にそれでかばったしね。だから、日頃のお礼にお菓子とかプレゼントしていいですかって、なんでかオレに聞いてくるんだ」
「な、なんで真波に」
「恋人だって思われてるみたい。なんでかな」

 真波からすれば、名前と相思相愛なのはどう見ても銅橋である。
 部員から見ると、名前が意識して話さないようにしている銅橋より、そんな気がまったくなく気安く話している真波のほうが、仲良く見えるのだ。銅橋の話をしては顔を赤らめている名前の前に立っているのが真波というのが、噂を真実へ押し上げている一因だ。
 ショックでなにを言えばいいかわからない銅橋の背を、真波はさらに押す。

「だから、うじうじしてないで早く誘わないと、名字さんの予定がうまっちゃうんじゃない」

 はじかれたように銅橋が走り出す。あたりはもう日が落ちていて暗く、部活が終了してから時間がたっていて部員もあまりいない。銅橋は、名前がどこにいるかだいたいわかっていた。
 それは一緒にいた時間の長さであり、名前への関心の高さだ。

 ちょうど部室の片付けを終えて出てきた名前は、息をきらせたやってきた銅橋に驚いて見上げた。銅橋が焦っているように見えるが、原因が思い当たらない。
 名前の時間があいているか確認した銅橋は、名前の手首を掴んで、暗がりへと歩き出す。つまずきそうになった名前を支えて、向き合った銅橋は、焦りでどう切り出していいかわからないまま、名前を見つめた。
 可愛くなった。惚れた欲目ではなく、名前は美しくなった。

「……クリスマス」
「クリスマス?」
「名字のクリスマスに、オレの予定を、一番にいれてほしい」

 名前の目が見開かれる。文化祭を一緒に回ってほしいと申し込まれたときの、銅橋の心からの言葉を思い出し、名前は勇気を振り絞って銅橋の服の裾をつかんだ。
 丸一年。丸一年待ったのだ。
 ならばあと少し耐えられるだろうと人は言うだろうが、ゴールが見え、結果もすでにわかっている今、すこしの時間も無駄にしたくなかった。

「クリスマスじゃなきゃ、だめなの?」
「だめって、なにが」

 銅橋の声がかすれる。いつもの名前と違う熱っぽい視線に、すこしばかり大胆な行動。
 銅橋の心臓が、痛いほど跳ねた。

「もし、もし銅橋くんがわたしと同じ気持ちなら、せっかくのクリスマスなんだから」

 震えるくちびるで、まとまらない言葉をなんとか形にして、名前は目をそらさず銅橋のひとみを見つめた。

「恋人として、クリスマスをすごしたい」

 もちろん、銅橋の心はすでに決まっているのだが、すぐに返事ができなかった。
 告白は自分からするものだと思い込んでいたし、名前にそれほどの勇気があるとは思わなかったし、クリスマスではなく今このタイミングで告白されると思わなかった。
 銅橋は、真波から名前の話を聞いたときから、頭が正常に働いていなかった。焦りと混乱に支配された頭に、特大の石をぶつけられたような気分だった。ぐらぐらと揺らぐ頭ではすぐに考えることができずに固まる。
 レース中ならどんなアクシデントも対応できると思っていたが、恋愛関連においては経験がたりなすぎた。不安そうに見上げてくる名前に、銅橋はゆるゆると頭を振った。とたんに名前の顔が絶望に染まるものだから、銅橋は慌てて掴んだままだった肩に力を込めた。

「違う。そうじゃなくて」
「ごめんなさい、わたし、銅橋くんの気持ちを誤解して」
「そうじゃねえって!」

 思わず声をあげた銅橋に、小動物のように体を震わせた名前は、いまにも泣きそうだった。

「待たせたあげく、名字に言わせちまうような駄目な男だけど、オレからも言わせてくんねえか」
「や、やだ……」
「だから、そうじゃねえって。まだ、どう言えば名前の気持ちに応えることができるか、全然わかんねェけどよ」
「聞きたくない」
「名字をさんざん待たせちまったあげく、名字から告白させて悪ぃ。こんなオレだけど、名字が好きなんだ。オレと付き合ってほしい」

 名前の目が驚きで歪んで、耐えきれず落ちた涙を、銅橋がすくった。

 このときのことを、銅橋はかたくなに誰にも話そうとしなかった。名前も、はにかみながら微笑んで、秘密だと言うばかりだ。
 名前がどう返事をしたのか知るのは銅橋だけであり、その権利を持つのも自分だけだとばかりに、口を閉ざす。

 ただ、並んで帰ってきたふたりを見た真波が満足する結果になったのは、言うまでもない。


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