待ち合わせはネズミの国のゲート前だった。もう十二月に入って寒さは厳しくなり、この夢の国もクリスマス仕様になっていた。

 朝早くからの待ち合わせに遅れないよう、浮かれて十分前に到着したなまえは、待ち合わせ時間ちょうどにやって来たおそ松を沈みきった顔で迎えた。
 おそ松が第一声でつっこむほど浮かない顔をしたなまえは、勢いよく頭をさげた。

「ごめんなさい、財布と携帯を忘れてきちゃったの。小銭入れしか持ってきてなくて、いまから取りに戻るから。せっかく来てくれたのにごめんなさい」

 何度も謝る声が揺れてにじんで、顔をあげられないなまえが泣きそうだということはおそ松でもわかった。ポケットから財布を取り出したおそ松は、それを軽く振ってなまえの顔をあげさせる。

「戻ってたら時間もったいないだろ、今日は俺が奢る。いやぁ実はさ、こないだ競馬でもらった金でパチンコいったら大勝ちしたんだよ。元はおまえの金だし、今日くらい出すよ。夢だったんだろ」

 動こうとしないなまえを尻目に、ゲートが開いて人々が夢の国へ吸い込まれていく。
 じれったくなったおそ松がなまえの手首を掴んで一番近くのチケットを買う列に並ぶと、ようやくなまえが動き出した。おそ松の手が離れる。

「そんなの悪いよ」
「帰ってたら遊ぶ時間なくなるじゃん」
「じゃあ帰ったらわたしのぶんは払うから、ちゃんとレシートもらってね」

 おそ松は返事はしたものの、そんなめんどうくさいことをする気はなかった。何度も念を押したなまえは、バッグのなかからネズミの国の特集をした雑誌を取り出しておそ松に見せた。
 自然とふたりの距離が近くなる。

 裏技やいまの季節の見所が書かれたそれは何度も読み込んだあとがあり、ペンで丸までつけてあった。
 絶対に乗りたいものを順にあげていくなまえはいつになく饒舌で、おそ松は頷いて聞いているだけだったが顔は微笑んでいた。

「じゃあ、その乗りたいやつから行こうぜ。俺どれでもいいし」

 チケットを買ってゲートをくぐると、そこはもう夢がつまった日常を忘れる場所だった。




 夢の国のデートは大成功だった。ふたりは久しぶりの遊園地を心ゆくまで楽しみ、なまえの希望どおり写真も撮った。
 ふたりで並んだところを一枚だけ撮った写真はぎこちない距離だったが、笑顔は輝いていた。

 トト子の言うとおりにデートが終わる前に次のデートを取り付けたなまえとおそ松の距離は、確実に縮んでいた。
 おそ松がかたくなに夢の国でかかったお金を受け取ろうとせず、元はといえばなまえのお金だと言い張ったのもなまえの信用をさらに得る結果となった。
 なまえが家族以外で話す男といえばおそ松のみで、ほかの者ならば苦手に感じるかもしれない軽さがなまえにとってはちょうどよかった。なまえはほかの女子大生と比べるとかなりの引っ込み思案で腰が重く、それがおそ松の軽さとうまくかみ合った。


 ふたりの次のデートは一週間後で、冬にしてはあたたかく春のような日だった。
 その天気にあわせて、なまえは地味だが定番のおかずがつまったお弁当を作り、おそ松と公園へ行った。午前はゆったり散歩をしてお互いの話をし、午後はお腹がふくれてレジャーシートの上で昼寝をはじめたおそ松の横で、持ってきた小説を読む。

 お弁当を恋人に作るなど初めてで、落ち着かなくて早く着きすぎた待ち合わせ場所で読んでいた文庫本がこんなときに役に立つとは思わなかった。
 朝に読んだはずの箇所も緊張で覚えておらず、結局最初から読み直したなまえは、おそ松が目覚めるころに読み終えた。

「読み終わったか」
「おそ松くん、起きてたの」
「さっき起きた。冬でもあったかいと眠くなるよな」

 伸びとあくびをしたおそ松は、なまえが持ってきた水筒からあたたかいお茶をいれてなまえに渡した。
 飲み干したなまえからコップを受け取って自分もお茶を飲んだおそ松は、立ち上がってなまえとともにシートをたたむ。

 間接キスだということにようやく気づいたなまえの心臓がまだ活発に動いているあいだに、おそ松はなまえを家の近くまで送り届けて別れた。
 今日も適度な距離を保ち、手すらふれてこなかったおそ松にまたひとつ信頼を積み重ねて、なまえはからっぽのお弁当箱を、歩く動きに合わせて大きく振った。




 そんななまえに衝撃がはしったのは、次のデートのときだった。
 なまえのショッピングに付き合った帰り道はもう暗く、風が吹くたびにおそ松は大げさに体を震わせる。
 クリスマスまであと十日ほどになりトト子に鬼のようにつつかれて、なまえはおそ松にクリスマスの予定を聞いた。いまは彼女という立場にいるのだからこちらを優先してくれるのではないかというなまえの淡い期待は、見事に打ち砕かれた。

「クリスマスは毎年みんなでトト子ちゃん家に行ってんだよなあ。あいつらとプレゼント交換もするし、クリスマスは無理だな」

 なまえのまわりの酸素が急に薄くなり、呼吸ができなくなったような気がした。いくら吸い込んでも空気に酸素は含まれておらず、酸欠のようになった頭がじわじわと痛む。

 なまえは、はじめておそ松の家に行ったときの彼の態度を思い出していた。
 一緒にいるなまえには目もくれず、トト子にだけ話しかけ、目をハートにしていた。
 何度かデートをしたが、なまえはあんなおそ松を見たことがなかった。見たのはたった一度、トト子がいるときだけだった。

 なまえの口から悲鳴になりきれない小さな声が漏れる。

「トト子ちゃんの家に行くの?」
「毎年恒例だしな」
「行かないで、お願い。わたしよりトト子ちゃんのほうが好きなのはわかってるけど、クリスマスだけはわたしを優先してほしい。無理なお願いってわかってるけど、わかってるんだけど」

 おそ松からはうつむいたなまえのつむじしか見えなかった。コートの裾からわずかに覗く手は、バッグをきつく握りしめすぎて白くなっている。
 声は震えているくせに体は震えていなくて、泣きそうな声はにじんでいるのに芯がある。息をひそめて祈るように返事を待っているなまえの顔を覗き込むことはやめ、おそ松はきわめて軽く返事をした。

「んじゃトト子ちゃん家に行かない代わりに、イブもクリスマスも俺ん家きてよ」
「わたしが行っていいの?」
「もちろん。どうせだから兄弟分のプレゼント持ってきてよ、百均でいいから。プレゼントあるって言ったら、あいつらきっと喜んで迎えるぜ」
「でも、ご両親もいらっしゃるんでしょう。わたしのこと紹介したらおそ松くんが困るんじゃないの?」
「なんで困るんだよ」

 なまえは口をつぐみ、どう言えば伝わりやすいか考えたあと、結局は自分の感情をそのまま伝えることにした。

「わたしはトト子ちゃんみたいに可愛くないし、大学にいる子みたいにおしゃれでスタイルが良いわけでもないから。おそ松くんも、隣を歩くなら可愛い子のほうがいいでしょう。きっとご両親もがっかりすると思う」
「そんなことねえって。俺たち六つ子で全員ニートで親のすねかじってるんだぜ。働く気はないし童貞で彼女もいない。なまえなんて連れてったら大歓迎だって。だからそんなこと言わねえで、クリスマスイブとクリスマスは俺ん家来てよ。むさくるしいとこだけど掃除はしとくからさ」

 ゆっくり顔をあげたなまえのうるんだ目に、おそ松の優しい顔が映る。
 なまえは、おそ松は嘘を言っていないと信じた。今までおそ松はなまえに自然体で接してきたし、なにより嘘をつくというめんどうくさいことをする人物ではなかった。
 気が緩んだ拍子にこぼれた涙を、なまえは頷くことで隠した。

「手土産、なにがいいかな。ちゃんと兄弟の名前と特徴も覚えないといけないね」
「名前はもう覚えてるだろ。手土産なんていらねぇけど、俺は肉が食いたい」
「それおそ松くんの希望じゃない。それに、名前は覚えてるけど写真は見たことがないから不安なの」

 帰り道が暗くてよかったと、なまえは心から日が沈むのがはやい冬に感謝した。
 泣くのをこらえた鼻の奥は痛くて、たった一粒だけ落ちた涙は体も心も冷やす。並んで歩くおそ松と手をつないであたたかさを共有したいと、なまえははじめておそ松にふれることを望んだ。

「ちょっと寄り道して帰るか」

 おそ松が道を変え、とまどうなまえを連れて行ったのはチビ太の店だった。チビ太と軽口を言いあうおそ松を見て馴染みの店だと理解したなまえは、冷えた体をおでんであたためる。
 奢るとも恩着せがましいことも言わず黙って支払いをしたおそ松に、なまえもなにも言わなかった。黙って頭を下げ、並んで帰った道は、ここに来るまでのものとは違い心をあたためるものだった。



 クリスマスイブの日、なまえは緊張しきって松野家の前に立っていた。黄昏時で、曇りでどんよりとした空模様が、なまえをますます暗くさせる。
 手土産として有名店の焼き菓子詰め合わせと、六つ子にきちんとプレゼントを持ってきたが、なまえはそれでもまだ不安だった。

 今日と明日のために服も新調したため大きな出費だったが、そんなことは気にしていられない。何度もあいさつのシミュレーションをしたなまえだが、実際家の前に立つと足がすくんでしまって動けなかった。
 深呼吸を繰り返しても緊張は高まるばかりで、荷物を持つ手や脚がふるえたなまえを救ったのはおそ松だった。

 出会った日のようにひょうひょうとなまえの前にあらわれて、後ろ手で玄関を閉める。玄関の向こうで抗議する兄弟の声が聞こえたが、なまえの耳には入らなかった。

「家の前で困ってんだろうなと思ってさ。やっぱり当たった、俺ってすげえな」

 なまえがコートの下に着ているのが一緒にショッピングしたときに買った服だと気づいて、おそ松はようやくなまえが買い物に行きたいと言い出した理由を知った。
 清楚なワンピースはなまえには似合ったが、普段着ているものよりかなり奮発したであろうそれを買う理由が思いつかなかったのだ。
 なまえはファッションにたくさんのお金をかけるより、細々と貯めて万が一のときのために備えるような人物だった。

 おそ松に導かれて家にお邪魔したなまえは、そこで松野家全員が興味津々大はしゃぎで待っているのに目を丸くする。
 六つ子は全員色違いのパーカーを着ていて、松代と松造はすこしばかりよそゆきの服を着ていた。なまえがたどたどしくあいさつをしても誰も気にすることはなく、松代はやさしく微笑んで出迎えてくれた。

 兄弟はまだなまえが本当の恋人か半信半疑だったが、おそ松がなまえを気遣い、緊張のあまり玄関でつまずいたなまえを受けとめたのを見て納得するしかなかった。
 おそ松が女の子をエスコートするなんて、特別な女性に違いない。

 手土産を渡したなまえは、松野家の居間に案内された。すでにテーブルの上にはクリスマスらしいごちそうが並べられ、なまえの席は六つ子がいつも使っているちゃぶ台の、おそ松のとなりに用意してある。
 促されて座ったなまえに、いまにもごちそうに飛びかからんとする六つ子の牽制しあう声と、苦笑する松代の声が聞こえた。

「ごめんなさいね、本当はいろいろおしゃべりしたいんだけど、ニートたちのお腹の音がうるさくて。今日はあなたが来るから張り切ってごちそうを作ったらこの有様なの。緊張してるかもしれないけど、おしゃべりより先にどうぞ食べちゃってちょうだい。デザートにケーキもあるからね」
「ありがとうございます。ありがたくいただきます」

 なまえの前におかれたお皿はきれいに磨かれていて、お箸は新品だ。目が肉に釘付けの六つ子たちを見て、松代が手を合わせた。

「いただきます」

 それが合図のように、いっせいにごちそうに手が伸びる。丸々一羽使ったローストチキンに華やかに彩られたサラダ、ピザにフライドポテトやソーセージの盛り合わせなど、ごちそうはちゃぶ台に乗り切らないほどある。
 なまえがわかりやすいようにと、ちゃぶ台には兄弟順で並んでおり、なまえの右におそ松、左にトド松がいた。気後れしているなまえの皿をトド松が取り、まだ肉が残っているうちにとローストチキンを入れていく。

「あ、そいつ脂身のとこ食わねえから俺がもらうわ」
「おそ松兄さん恋人っぽいことしてるね」
「恋人だっつーの」

 トド松のからかいを交わし、おそ松はなまえのお皿に乗った脂身をとって口に運んだ。なまえもようやく箸をとり、トド松にお礼を言って食べはじめる。

「おいしい! すごい、こんなの家で食べたことありません」
「あら嬉しい。うちは人数が多いから、これでもまだ足りないのよ」
「憧れだったんです、こんなローストチキン。家で出てくるのは小さいやつで、テレビとかで見るたび食べてみたいと思ってたんです」

 憧れそのものを口に入れているようななまえの表情に、話していた松代の顔がほころぶ。
 まさかニートである息子が、家に招くほど信頼しあう関係になった恋人をクリスマスに連れてくる日がくるなんて思っていなかった。
 おそ松がカラ松と争って勝ち取った最後のピザを自分のお皿に入れながら、なまえのお皿にどんどん料理を盛っていく。

「こいつ食い意地張ってるからさ、食べてるときすげー嬉しそうな顔すんだぜ。ほら今も」
「だっておいしいから。おそ松くんはこんな料理毎日食べることができるなんて幸せだね」
「今日はごちそうなんだよ。俺が彼女連れてくるって言ったから。ああでも、弁当もうまかったけどな。公園で食った、からあげちょっと焦げてたやつ」

 なまえはほんのすこし顔を赤らめたが、すぐにつんと澄まして言い返した。

「おそ松くんが鳩に追いかけられたときのやつね」

 カラ松が鳩という単語に反応して「鳩には気をつけたほうがいいぞ」と言ったが、みんなふたりの会話に集中しているため誰も反応しなかった。カラ松がサングラスを外す。

「おまえも一緒に追いかけられてただろ」
「おそ松くんがこっちに来るからだよ」

 ふたりの会話は普段の様子を知るには十分で、知らないあいだに息をひそめて聞いていたチョロ松は息を吐き出した。
 昨日から大掃除に駆り出されて筋肉痛で、いつもは六つ子しかいないちゃぶ台に初対面の人が座っているだけで、どっと疲れたような気がした。

「てかさ、本当におそ松兄さんでいいの? ニートで一生働きたくないって言ってるクズだよ。出会って十秒で何かされたんじゃないの?」

 何かとは何だと考えるなまえを見て、兄弟は驚愕した。あの性欲で動いているといっても過言ではないおそ松が、いまだ手を出していないというのか。
 大人しそうななまえを丸め込んで酔いつぶれるまで飲ませて即ラブホに連れ込み代金をなまえに支払わせたと聞かされても、罵詈雑言をあびせながらも納得するしかないというのに。

「チョロ松くん、だよね。よくわからないけど、何もされてないよ。おそ松くんはわたしのペースに合わせてくれる、とってもいい人だよ。このあいだネズミーランドに行ったときも、財布を忘れたわたしの代わりに全部だしてくれたんだよ」

 驚愕の事実第二弾は、松野家が吹き飛んでしまいそうなほどの衝撃だった。
 あのおそ松が手を出していないうえに奢るなどということは、前提としてありえないと誰も想像すらしていなかった。十四松が声をひそめて、となりに座る一松に話しかける。

「一松兄さん一松兄さん、これ本気なんじゃないっすか」
「有り得る。隙あらば童貞を捨てようとするおそ松兄さんがまだ手を出してないなんておかしい」
「真実の愛、それは目先の欲望などかき消してしまうほどのものなんじゃないか。愛しいがゆえに手を出せない、ロンリーハート」
「カラ松の言うことに賛成するなんて癪だけど、もしかしてそうなんじゃないの」
「おいチョロ松どういう意味だ」
「カラ松兄さんは黙ってて。僕は十四松兄さんに……ちょっと待って。カラ松兄さん何それ、もしかしてその無駄な革ジャンの下にクソタンクトップ着てるんじゃないの!?」
「着ているが」
「やめてって言ったじゃん! 何でそんなクソみたいなの着ちゃうのさ! すぐ燃やしてきて!」
「だがトッティ」

 もはや声を抑えることすらしなくなった五人がいつものようにしゃべりだすと、満腹になったおそ松があぐらをかいて後ろに手をついた。

「ほらな、言ったとおりうるさいだろ」
「楽しくていいんじゃないかな」

 実際、一人暮らしをはじめてようやくホームシックにならなくなったなまえにとっては、話し声が絶えることのないこの家は明るく色づいているように見える。
 そんなふたりを見た松代が「この子を捕まえるしかない」と思っていることなど露知らず、デザートのケーキを食べおえた六つ子となまえは、二階でくつろぐことにした。

 いつも六つ子がくつろぎ、就寝している部屋に通されると、なまえはぐるりと部屋を見回した。おそ松が生活している部屋はどこかこそばゆく、目にするものすべてが初めてなのに懐かしいような気持ちになる。

 部屋の中心に輪になって六つ子となまえが座ると、忘れないうちにとなまえがプレゼントを取り出した。六つ子の目が輝く。
 母親以外の女性から、自主的にクリスマスプレゼントを渡されるなんて、人生ではじめてだった。
 プレゼントを五人に手渡したなまえは、全員喜んでくれたことに安心しながら、最後におそ松へのプレゼントを取り出した。それぞれのプレゼントに集中していた五人が、いっせいになまえの手元に注目する。

「おそ松くんには、マフラーとお守り。幸運を呼びよせるお守りで、競馬やパチンコで勝てるようにお願いしてきたから」
「やりいっ、ありがと!」

 綺麗にラッピングされた包装紙をやぶり、お守りに頬ずりしたおそ松は、マフラーを巻きながらジーンズのポケットをあさった。

「これ、俺からのプレゼント。現金」
「なんで現金なんだよ!」

 チョロ松のツッコミが炸裂した。
 なまえからの思いやりがつまったプレゼントと比べ、おそ松のプレゼントとも呼べないものに、トド松は思いきり引いていた。一松さえ首を振って「ないわ」とつぶやく。

「だって、冗談でおまえらのプレゼント買ってきてって言ったら本当に買ってくるんだもん。見るからに百均で買ったやつじゃないし、さすがに悪いじゃん」

 なまえの顔が青ざめていく。
 おそ松の冗談を間に受けて、トト子より自分を選んでくれたと思って、張り切ってプレゼントを選びすぎた。おそ松は、本当は今日ここになまえではなくトト子がいてほしかったのだ。
 心臓がきしんで焦りが体を蝕んでいく。

「ごめんなさい、冗談だってわからなくて。せっかくクリスマスにお邪魔するんだからって、張り切りすぎたみたい」

 なまえは笑って見せたがうまく笑えず、すぐに顔を伏せた。
 空気を悪くしてはいけないとわかっていたが、こんなとき自虐を笑いにできる性格でも、気の利いたことを言える器用さも持っていない。トド松がなまえに寄り添い、おそ松を睨んだ。

「おそ松兄さん、見損なったよ。こんな可愛い彼女にそんなこと言うなんて」
「トド松くん、いいの。おそ松くんは本当はトト子ちゃんに来てほしかったから、仕方ないんだよ」

 必死になだめるなまえは自分の本音をもらしたことに気付かず、怒りで立ち上がったトド松が座ったのを見て胸をなでおろした。
 兄弟に非難の目を向けられてもおそ松は動じなかった。あぐらをかいて、となりに座るなまえと向き合う。

「俺が言いたいのはさ、プレゼント買ってきてくれたのは嬉しいけど、金くらい自分のために使えばってこと。テレビ録画するやつほしいって言ってただろ」
「なくてもいいものだから」
「だから、そんな気をつかって緊張していちいち物買ったりしなくていいんだって。最初にそんなことすると後がしんどいだろ? これから何回もここ来るんだから、そのたびに土産とか期待されるときついじゃん」
「何回も来ていいの?」
「とりあえず明日来るだろ。金がないときとか雨のときとか、あと漫画読みたいときとか。来るだろ、普通に」
「普通に、来ていいの?」
「当たり前だろ。だから明日はなにも持ってくるなよ。来るたびに服買うのもナシな」

 かけられた言葉を噛みしめるように確認するなまえの前に、おそ松からプレゼントが差し出された。現金ではないそれになまえが戸惑っていると、おそ松が開けるように急かす。
 ふるえる指先で時間がかかりながらリボンをといたなまえは、箱のなかに入っていたそれを見て目を見開いた。ティーポットとおそろいのカップとソーサーのセットだ。
 なまえが公園で語った、可愛いティーポットがほしいという話をおそ松は覚えていた。

「大事にしろよ、高かったんだぞそれ」
「カップ、ふたつあるね。おそ松くんが初めて家に来たら、これ使うね」
「ビールのほうがいいなあ」
「うん、ビールを入れて出すね」

 嬉しさで涙がにじんだなまえは顔を隠そうとしたが、その前に涙が一粒だけこぼれて落ちる。驚く五人の前で、なまえは涙をぬぐって笑った。

「おそ松くんからプレゼントをもらえるなんて思っていなくて。ずっと夢だったの。もし恋人ができたらクリスマスにパーティをしてプレゼント交換をするんだって。わたしに恋人ができて、遊園地にも行って、クリスマスにお家にお呼ばれするなんて、本当に夢みたい。すごく嬉しい。ありがとうおそ松くん!」

 おそ松は本人にしかわからない程度に迷ったあと、なまえにティッシュを渡す。受け取るときにすこしだけふれた指は柔らかかった。
 なまえがティッシュで涙を拭くのを待ち、カラ松は静かに、けれど真剣に言った。

「おそ松、彼女を離すんじゃないぞ。絶対にだ」

 その後口々に、なまえを手放すなだのおそ松にはもったいないだのと言った五人は、最終的に明日までになまえへのクリスマスプレゼントを買っておくということで意見が一致した。
 そうして彼らは、電気屋でねぎってねぎって手に入れたレコーダーをなまえにプレゼントしたのだった。
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