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name change


 はやく名前さんと出かける日が来ればいい、来なければいい。相反する気持ちが暴れだすのを抑えながらむかえた部活が休みの日、浮かない気持ちで寮を出た。
 軽く練習して行くから駅前で待ち合わせしましょうという嘘を信じて、名前さんは頬に喜びを透かせて頷いていた。一緒に寮を出るとこを見られたら誰になんて言われるかわからないし、確実に名前さんのマイナスになるのに、そこまで考えてはいないようだった。
 もう12月も半ばになるから風も冷たくて、薄手のコートで来たことを後悔しながら駅前へむかって歩く。
 そこにはおしゃれをした名前さんがいて、かけようとした言葉を飲み込んでしまった。太ももの半分ほどの長さしかないワンピースの上にコートをはおっていて、どう控えめに見てもよく似合ってるし、オレが来るまでにナンパを10回はされてる。絶対に。
 想像以上に女の子らしく気合が入った格好をどう受け取ればいいか悩んだ末、久々の外出だからだろうと結論をだして名前さんに声をかけた。


「すみません、待たせたみたいで」
「ううん、いま来たところ」


 なんだこれ、すげーデートっぽい会話してる。にやけそうになる口元を隠して、照れているような名前さんを見つめた。
 いつもより丁寧にセットされた髪は太陽の光で輝いて目だってぱっちり、くちびるはピンク色。気づかれないように深呼吸をして、ひっくり返りそうになる声で話しかける。


「そのワンピース可愛いですね。似合ってます」


 名前さんの頬がぽうっと染まる。こういうお世辞には慣れていそうなほど伸ばした睫毛に隠された目は、ぎこちなく地面をさまよう。
 もしかして、こういう言葉に慣れていないのか。たしかに荒北さんはそんなことを言いそうにないけど、こんな反応をされると困ってしまう。お世辞なんかではないけど、こっちだって言い慣れていないことを口にしたから次に何を言えばいいかなんてわからない。


「あー……行きますか」
「うん」


 全然スマートじゃないが、こう言うしかなかった。
 名前さんと並んで大きなスポーツショップまで歩いていく。自転車専用の店だから、名前さんの目的のものも見つかるかもしれない。

 目当ての店までゆっくり歩きながらウインドウショッピングを楽しむ。綺麗に着飾ったマネキンを見ては残念そうに目を離すことを繰り返す名前さんは、いまは服よりもマフラーがほしいんだと言った。


「白と銀色で、青がアクセントに入ってるのがほしいんだ」
「寒色系ですね。マフラーで白に青って、あんまり見かけないような気がします」
「そうなの」


 名前さんの目には理想のマフラーが映っているんだろう。自分の理想のものを追い求めるなら自分で編むかオーダーメイドになるが、そこまで求めていないらしい。


「だけど、今月はなにも買えないだろうからお預けかな」


 目的の店に着いて、ところせましと並べられた商品を見ながら名前さんが言う。きっと、マフラーを買う予定だったお金がプレゼントに消えていくんだ。マフラーを買ってしまえばいいのに、という暗い思いはしまいこんだ。
 名前さんはオレのあとについて、物珍しそうにしながら、買われるために着飾った商品たちを眺めた。たまに手にとってしげしげと説明文を読んでいるのに、商品に一貫性のないものだからなんだか名前さんの性格が垣間見えておかしくなる。
 余計なことかもしれないと思いつつ説明すると名前さんは嬉しそうに笑ってもっと聞きたそうにするから、思わずいろいろと話してしまった。


「ユキちゃんは物知りだね。自転車に乗ってるから当たり前なのかもしれないけど、私は知らないことだらけで」
「乗るからには知識がないといけないですから」


 少ないながらオレの愛車のコーナーがあり、揃えられた商品を確認する。そのなかのグローブを手にとって眺め、手触りを確認し使い心地を想像する。
 そのグローブはいつも自分が使っているものだ。いま使っているものもだいぶ使い込んだからそろそろ新しいものに変えてもいいが、買いかえる気にはまだならなかった。この程度で買いかえていたらいくらお金があってもたりない。
 商品を棚に戻すと、いつの間にか横に来ていた名前さんの白い指が、戻したばかりのグローブにそっと触れた。コートから出た指先は、最初に出会ったときと同じように少しだけ出ている。最初に見たときはそれに嫌悪しか抱かなかったのに、いまは可愛いと思ってしまっていた。

 原因はわかっている。イライラしていたときに出会ってしまったばっかりに、見た目だけで名前さんの性格を決めつけて醜い感情を心の中でぶちまける対象にしてしまった。だけど名前さんはオレを責めることも、傷ついていることを教えることもせずに隠し通して、泣きながら綺麗に笑ったんだ。
 それからはオレの想像していた性格と違う場面ばかり突きつけられて、そのたびに自分を恥じた。
 名前さんはそんなことに気付かずにオレをユキちゃんと呼んでくれる。オレがそう頼んだからだ。名前さんはオレの気持ちに気付いていても、きっと知らないふりをしてくれるだろう。


「ユキちゃんは、いつもこれを使ってるの?」
「はい。いろいろ試したけど、結局はこれなんですよね」
「今日買う?」
「来月にでも買おうと思ってますけど、どうかしました?」
「グローブってこんなに間近で見たことないから……ユキちゃんって手、大きいんだね」


 グローブをはめてみて、ぶかぶかだと笑う名前さんにきゅんとした。顔に出ないようにくちびるを噛みしめて、これ以上名前さんを見ないようにするか目に焼き付けるか悩んで、横目で見ることにした。
 手を握ったり広げたりしてグローブの感触を確かめた名前さんは、丁寧に手から抜いた。


「ごめん、ちょっとお手洗いにいってくるね」
「じゃあ、そのあいだ会計しておきます」
「あっちにロードバイクが置いてあるところがあったよね? そこで待ち合わせしよ」


 すぐに戻るから、と言って通路の向こう側に消えてしまった名前さんを見送って、グローブを手に取る。買おうかと本気で考えて、慌てて戻した。
 名前さんがはめたから買ったなんて、変態もいいとこだ。


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