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name change


 風が冷たくなってきた。クリスマスも来月になって、クラスも少しずつそわそわしている。クリスマスのために彼女作ろうかなんてバカなことを言うクラスメイトに意見を求められて、なにも言わずに教室を出た。
 べつに彼女を作るのが悪いだなんて思わないけど、そのために付き合って別れるなんてバカみたいだ。自分を安売りしすぎだし、そんなのに食いつく女もロクなもんじゃない。
 ふっと名前さんの顔が浮かんで頭を振った。名前さんには一緒にすごす相手がいる。
 そこまで考えて、のろのろ歩いていた足が止まった。そういえば、最近名前さんを見ていない。二日前にメールしたときはいつもどおりだったけど、一週間は会っていない気がする。

 その日は注意深くすれ違う生徒を見て、3年のクラスまではいかなかったけど、名前さんとよく会う自販機の前に行っても探し求めた姿はなかった。
 部活が始まる前と休憩中は聞くチャンスがなくて、部活後にようやく荒北さんに近づくことができた。なんだって今日に限ってみんな厄介事を持ってくるんだ。


「荒北さん、お疲れ様です」
「おー」
「あの、名前さん何かあったりしました?」


 荒北さんは細い目を見開いてから舌打ちをした。オレに苛立ったのかと思ったけど、低い声で「あいつ……」とうなったので、たぶん名前さんに何か思うところがあるんだろう。
 荒北さんはめんどくせーと言いながら頭をかいた。その一言で名前さんに何かあったんだとわかって、なかなか話そうとしない荒北さんに詰め寄る。


「おめーもウゼェ! ったく、オレに押し付けんじゃねーよ!」
「名前さんはどうしたんですか!」
「風邪ひいて寝込んでんだよ! ちょっと前から学校休んでる」


 くらっとした。なんで言ってくれないんだ。メールではいつもどおりで、学校に行ってるように話してたのに、なんで。
 荒北さんがオレを見た。呆れているわけでも怒っているわけでもなく、ただ俺を映している目。


「まァだあいつの性格わかってねえのかよ」


 ガツンときた。頭を殴られたような衝撃にうなだれる。
 オレは名前さんのことを少しはわかったと思ってたけど、実際はなにもわかっていなかった。どうやっても名前さんのやわらかな内側に踏み込むのは遠慮してしまう。笑顔を向けられるたび、まわりを気にしてしまう。

 数秒か数分か、くらくらする頭がショックから立ち直って名前さんのことを考え始めた。確かに、言われるまで風邪をひいたなんて思いもしなかったけど、それを内緒にするなんてオレの知っている名前さんそのものだった。何もわかってないなんて事はない。あの頃よりは名前さんのことを知っている。
 そんなオレを見て荒北さんはしっしと猫を追い払うように手を動かしたけど、いまは怒る気にもならなかった。名前さんのところに行けと言ってくれているんだ。
 塔一郎に自主練をすこし抜けるけど帰ってくることを伝えて、靴を履きかえて上にジャージを羽織る。手ぶらじゃ格好がつかないと思い、とりあえず学校前のコンビニに入って病人が食べられそうなものを買う。名前さんの好きそうな味は、もう頭に入っていた。

 ガサガサとうるさいビニール袋をぶら下げて急いで女子寮まで来たのはいいものの、そこで立ち止まる。名前さんに出てくるように言っても、うまいこと言って出てこないだろう。うんうんと考えて、電話をすることにした。


「……もしもし、ユキちゃん?」


 声は、注意しないとかすれているように聞こえなかった。電話なんて珍しいどうしたの、と聞いてくる名前さんは明るくて、もしかして風邪はもうなおったんじゃないかと思ってしまいそうになる。


「えーと……うっ、ごほっ!」
「ユキちゃん!?」
「ぐっ……名前さ、くるし……」
「ユキちゃんどうしたの!? 今どこ!?」
「女子寮、の前……」
「待ってて、すぐ行く!」


 ケータイから名前さんの声が聞こえなくなった代わりに、がさがさと激しい音がした。ドアを乱暴に開ける音と名前さんが走っているような音が聞こえる。
 名前さんと会うためとはいえ無理をさせていることに気付いたけど、いくら話しかけても反応がなかった。……しくじった。

 どうしようかと寮の前で待っていると、すぐに名前さんが来た。名前さんは運動が苦手ですぐ息が上がるし、いまは病み上がりだ。一生懸命走ってきたと顔に書いてある名前さんは、かすれた声で大丈夫かと尋ねてきた。
 いつもより小さい目。まつげだって短いし、いつもはピンク色の頬は病気のせいか青白くて、くちびるだって少しかさついている。髪だって走ってきたせいでぼさぼさだ。だけど、オレの知っている名前さんの顔だった。化粧をばっちりしているときより何となくこっちのほうが好きだと思えて、後頭部をかく。


「……すみません。嘘です」
「うそ?」
「こうしないと、名前さんが出てこないと思って。こんなに慌てるなんて思ってなかったから、無理させました。すみません」
「……元気なの?」
「元気です」


 名前さんはオレの顔をじっくり見て、へなへなと座り込んだ。
 名前さんはピンクと白のしましまでふわふわのルームウエアを着ていた。下は短くて脚がほとんど出ていて、慌てて腕を掴んで立たせて近くのベンチに座らせる。はおっていた上着を名前さんの脚にかけて、そういえばこんなことが前にもあったなあとぼんやりと思い出す。


「どうしてここまで来たの?」
「風邪ひいたって聞いたんで」
「靖友ね!」


 名前さんは頬をふくらませて怒って、次に会ったら必ず仕留めると言った。なにを仕留めるかは聞かないことにする。


「風邪、大丈夫ですか? って、ここまで走らせたオレが言うのもなんですけど」
「もう大丈夫だよ」
「本当ですか? 名前さんすぐ無理するから。嘘だったらこの差し入れあげませんよ」
「わ、ありがとう! 本当に大丈夫だよ。昨日の夕方に微熱程度の熱が出たから、念のため今日も休んだだけ。今日は熱が出てないから、明日から学校に行くよ」


 差し入れのお金を払おうとする名前さんにビニール袋を押し付けて、ようやくすこし落ち着くことができた。荒北さんに話を聞いてから、高熱がでてるんじゃないかという想像が頭から離れなかったのだ。
 名前さんはビニール袋を大事そうに持って照れながらお礼を言ったあと、ハッとして顔を隠した。


「どうしたんです?」
「見ないで……! すっぴんなの!」
「何をいまさら」
「いまさらでも見ないで! 本当にやばいの! 見たら死ぬの!」
「死にません。いつもの名前さんもいいですけど、オレはすっぴんの名前さんのほうが好きですよ」


 名前さんからの反応はない。両手で顔をおおって下を向くばかりで、そこでようやく自分の告白まがいな言葉に気付いて頭を抱えた。
 熱くなりすぎた顔は一向に冷める気配がない。ちらっと名前さんを見ると首が赤くて、そこまで赤いならどれだけ顔は赤いんだと思うとますます熱が上がっていく。
 べつに女に慣れていないわけじゃないのに、名前さんを前にすると、どうしてこう二人で顔を隠してうずくまる羽目になるんだ。
 名前さんのジャージをぎゅうっと握りしめている手が小さくて、目頭を抑えた。可愛い。


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