クリスマスまで、もう二週間をきっていた。名前さんと出かけた日から血眼になってマフラーを探しているけど、真っ白なものはあっても銀や青がアクセントになっているものはなくて、焦りがじわじわと体を蝕んでいく。
オレができるのは、せめてものお返しとしてマフラーをプレゼントするくらいだ。嫌な態度をとって泣かせたオレを許して、良くしてくれて、プレゼントをくれた。ささいなお返しすぎるが、せめて名前さんのイメージ通りのものをあげたかった。
「そんな簡単に見つからねえよなあ……」
教室で頭を抱える。
名前さんが探したのに見つけられなかったんだから、簡単に見つかると思ったのが間違いだった。だけど、もう少しすんなり見つけられると思っていたのも事実で、テスト期間中なのも相まって余計に鬱々としてしまう。
要領はいいからテストは心配ないが、順位はすこし落ちるかもしれない。順位なんて次のテストでいくらでも取り戻せる。コツさえつかめばテストは案外簡単だ。
ロードバイクの自主練、外を走りながらのマフラー探し、帰ってテスト勉強。それが最近の日課だったが、そろそろマフラーに代わるものを検討しておいたほうがいいのかもしれない。
かばんを持って教室を出ると、すこし離れたところに塔一郎がいるのが見えた。真面目な顔をして教科書をめくっているところを見ると、どうしても気になる箇所があるらしい。
「塔一郎。こんなところで教科書広げて勉強か?」
「ああ、ユキ。さっきすこし気になったところがあって確認してたんだ。もう終わったよ」
そうだ、塔一郎はどうだろう。
こんなこと誰にも相談できなかった。名前さんの心がオレに移り変わったとしても、先輩の彼女を手に入れたオレに向けられるのは避難の目だろう。だけど、もう止まれない。可能性が目の前にぶら下がっているのに、ただ指をくわえて見ているだけなんてことは出来そうになかった。
「名前さんからクリスマスプレゼントもらったんだ」
意外とすんなり口から出た。こっちを向いた塔一郎の目はすぐにわかる感情を浮かべていなくて、言葉を選びながら続ける。
「お返しってしたほうがいいもんかな」
自分の心はもう決まっているのに聞いてしまったのは、どこかに後ろめたい気持ちがあるからだ。
塔一郎はあごに指をあてて、あっさりと頷いた。
「お返しはしたほうがいいだろうね。もらいっぱなしじゃ失礼だよ」
「だよな」
「なにをお返しするかもう決めた?」
「マフラー欲しがってたから、それにしようかと思ってる。だけど理想のものがあるみたいで、それがなかったら違うのあげないとな」
「ユキならセンスがいいから、なにをあげても喜んでもらえるよ」
自分を褒める言葉を聞くのは悪くない。だけどいまはそんな言葉より、具体的な案がほしかった。
帰る生徒の流れにのって坊主頭が歩き始める。並んで下駄箱を目指しながらさらに相談するか迷って、結局は口をつぐんだ。これから口説こうとしてる女にあげたプレゼントは実は友人に相談して買ったものですだなんて、ダサすぎて笑えない。
結局は今日もマフラー探しに勉強の時間をあてることが決定して、下駄箱で塔一郎と別れて部室へと急いだ。着替えて体をあっためて汗ばむまで回して、それから愛車にのって寒い外へと飛び出す。息はもう白かった。
・・・
「あった……」
思わず駆け寄ってマネキンに巻かれているマフラーを掴んだのは、探し始めて十日が経ったころだった。クリスマスイブまでもう少ししかない。ぎりぎりで見つかったことに安堵しながら、しげしげとマフラーを眺める。
白と銀を混ぜたような毛糸で編まれているそれは肌触りがよく、鮮やかなマリン・ブルーが主張しすぎずチェックのラインを作っている。もらったグローブより値段が安かったから、きらきらした石とリボンがついたバレッタも一緒に買うことにした。落ち着いたピンクとワイン色のシンプルなリボンが幾重にも重なっているデザインで、リボンというモチーフなのに大人っぽく見える。
30分ほどかけて苦労して選んだバレッタをマフラーと一緒にクリスマス用にラッピングしてもらい、店員の「ありがとうございましたぁ」という高い声と笑顔に見送られて店を出た。なんだか小っ恥ずかしい。
外に出るともう真っ暗で、あたたかい店内から出て温度差にふるえる体をこすりながらロードに乗る。頭の中で名前さんの喜ぶ顔が浮かんで、外が暗くてよかったと思った。顔がにやけている。
名前さんがもうマフラーを手に入れていたらいけないから、クリスマス前に渡そうか悩みつつ、結局は踏み切れずにクリスマスイブに渡すことになってしまった。明日は終業式で、はやくも学校中が浮かれたような空気に包まれている。
クラスでするクリスマスパーティの誘いを部活を口実に断って、うるさい心臓をなだめながら名前さんを呼び出した。生徒のざわめきは聞こえるけど誰もいない校舎裏は、いつの日か名前さんがひとりで泣いていた場所に近かった。ここを呼び出す場所に選んだのは、嫌なイメージを塗り替えられればという思いがあったのかもしれない。
「待たせてごめんねユキちゃん! 友達につかまっちゃって」
「いえ、いいんです。あの……それで、これ」
どう渡そうか考えたけど、緊張しきってろくにいい考えも浮かばなかったから、普通に渡すことにした。ミントグリーンでラッピングされたプレゼントを渡すと、予想していなかったというように名前さんの目が丸くなる。
「クリスマスプレゼントです。お返しも兼ねて」
「え、あ、ありがとう……お返しなんてよかったのに。私がユキちゃんにあげたかっただけなのに」
「オレも名前さんにあげたかっただけですから」
名前さんの目が潤んで、予想していなかった反応に驚く。ここで泣かれても、うまくなだめる自信がない。そもそもどうして泣くんだ。
慌てるオレを見て、名前さんは笑った。
「開けてもいい?」
「はい」
細くて白い指がリボンをほどく。大切なもののようにリボンを持ってプレゼントを取り出した名前さんは、マフラーを見てぱちぱちを瞬きをした。手にとってじっくり見て、ようやくオレを視界に入れる。
「私が探していたの……黒田くん、覚えてて、探してくれたの?」
「はい。名前さんのイメージ通りかわかりませんけど……」
「イメージ通りだよ……。バレッタも可愛い。本当にありがとう」
マフラーを抱きしめて、幸福を噛みしめるように名前さんが言う。いい雰囲気に包まれて、荒北さんとのことを聞くなら今だと思いつつ、どう切り出していいのかわからない。
悩むオレに気付いて、名前さんがどうしたのか問いかけてくる。
「その……荒北さんは怒ってないんですか?」
「靖友が? どうして?」
「──名前さんって、荒北さんと付き合ってるんですよね?」
付き合っているなら頷くし、違うなら否定するはずだ。否定されたらここで告白してハッピーエンド。
そう思ったのに名前さんの反応は想像と違った。目を見開いて顔は青ざめさせ、くちびるを震わせている。
「……靖友と、付き合ってると思ったから……」
「はい?」
「私が靖友と付き合ってると思ったから、優しくしてくれたの……? あの日探してくれたのも、メールしてくれたのも、プレゼントくれたのも、全部……」
名前さんの細い脚が震えている。いまにもこぼれそうなほど涙をためた瞳と、絶望した表情。いつものように、笑って痛みをごまかそうとはしていなかった。
きちんと説明しようと一歩踏み出すと、怯えたように後ずさりされた。それがショックで立ちすくんでいる隙に、マフラーと包装紙を押し付けられる。
「これ、受け取れない。せっかく探してくれたのに、ごめん。ごめんね。私、靖友と付き合ってないから……今まで優しくしてくれて、ありがとう」
風が横を通り抜ける。風からいいにおいがして、ようやく名前さんが走り去ったんだと気付いた。追いかけようとしてマフラーが腕から落ちて、地面にふれそうになったギリギリのところですくい上げる。
顔を上げるとそこにはもう誰もいなくて、慌てて走ったけど名前さんの姿はどこにも見えなかった。包装を飾っていたリボンが落ちる。このリボンすら大切に持っていたやわらかな手を思い出す。
「くそっ……」
オレのつぶやきを拾ってくれる人は、誰もいなかった。
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